ペン森通信
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朝日のお題「2050年」の劣悪
  朝日新聞の春採用小論文課題は「2050年」だったそうだ。戸惑った受験者も多かっただろう。まあ、劣悪なお題といってよかろう。朝日は新聞の生き残り策として、ルポを再確認しようとしている。「事件 追う/迫る」もはじまったばかりだ。ルポは現場取材と視点が大切なことはいうまでもない。現場、現物、肉声という3要素がはいったリアリズムが真骨頂である。

 ところが2050年は先すぎてあまりにも遠い。もちろん、世代も入れ代わり、メディアの状況もうんと変わっている。インターネットあるいはそれに代わるニューメディアが登場してますます幅をきかせているだろう。新聞は命脈を保っているだろうか。命脈を保つためのひとつのアイデアが朝日のルポの再確認だったはず。「2050年」は想像力の世界だし、ルポ精神とは相容れない。

 2050年に社会がどのように変化しているかは、実体がないからだれにもわからない。その意味でもこれは単に頭で考えた、机上の空論的お題といえよう。採点の基準はどこにおくのだろうか。嘘八百を書いても、現在では嘘でも2050年にはそれは正しいかもしれないのだ。すると、正確な日本語であるかどうか,平易な表現かどうか、文法や漢字の間違いはないか、最後まで読める内容かなど狭い範囲の評価にならざるをえない。

 そこはリアリズムという新聞文章の根幹にかかわる問題とは無縁のお題ということになる。このお題が自己矛盾をはらんでいることに気づかなかったのだろうか。「2050年」というお題ではあっても、なにも2050年にこだわる必要はないだろう、と朝日は言うかもしれない。しかし、正確に読みとれば、朝日の意には反する可能性があるが、これはまさに2050年について書け、ということにほかなるまい。受験者が気の毒。

 ただ、朝日が若者が先行きに関して、きわめて思考力が弱いということを考えて敢えて課したお題であれば大したものともいえる。ペン森ではたとえば10年後、20年後を想像する作文題を書かせることがあるが、これは10年前の受講生も苦手中の苦手の題だった。現代の若者には「坂の上の雲」はないのである。希望も夢も自分の半径20センチの枠にしかない世代なのだ。望みなき世代だから、近未来を俯瞰することができない。朝日の出題者は社会と個人の価値観が一致していたころの旧世代の生き残りではあるまいか。
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