ペン森通信
あすとあさっては待望の休みだ

  本日は待望の金曜日である。と言っても月曜日からだからわずか5日かだけ待っただけである。待って、かわいい女の子に会うとか、誰かがっ訪ねてくるとか、なにかが届くとかそういうたぐいではない。ただ単に休めるからだ。僕が社会人になったころはやすみは日曜だけだった。土曜日は午前中だけ仕事をするは半ドンだったかもしれないが、新聞記者だったので半ドンもくそもなかっただろう。働き方改革なんて政権は標榜しているが、中央官庁の役人も土日がないくらい多忙だ。働き方に対して極度にうるさくなったのは電通のまつりさんが亡くなったからである。休日返上で仕事をするのがそれまでは美徳とされてきた。

新聞記者時代、大事故か大事件があって、社会部が夜遅くまで騒然としていたとき新人のぼくは午前1時ごろいわれた「帰っていいよ早く帰すからあしたは午前6時に出てきてくれ」。要するにうちに着いたらすぐ出て来いということだった。とんでもなく人使いが荒かった。いまでも新聞社や週刊誌の記者は同じような生活だろう。ぼくは鹿児島に親兄弟がすんでいたので夏休みに帰省したら、15分後に呼び出しを受けた。ひどい話であるが、それが当たり前とされた時代があったのだ。ぼくの世代の少し下の団塊の世代はそれを普通、あるいは美談と考えていたと思う。


社会部にいたとき、『日本人って何だ』という連載企画があって、ぼくはヨーロッパを担当した。パリでタクシーで空港に向かっていた。途中で女性運転手が車を停めて、物を食べる仕草をして降りろという。昼飯を食うから降りてくれ、という意味だと分かった。
じゃ乗客のおれはどうするんだといおうとするが、言葉がができない。するとわきに別のタクシーがすっと寄せてきて停車した。乗り換えろと女性運転手は合図する。ぶじに空港についたが。料金がどうなったかは憶えていない。40年も50年も前からフランス人は女性も働き、飯の時間は同時に自分の大切な時間なのだった。

ぼくは当時次の休みが待ち遠しかった。いまはペン森の添削の仕事は足して苦にはならない。それでも休みたいのはからだがきついからだ。さいきんは出勤時の電車でよく居眠りをする。下車駅の神保町を乗り過ごすこともしばしばだ。帰りは最寄り駅からタクシーの場合がほとんどである。730円とワンメーターだから助かる。午前中にペン森に着いて、月水金は正午から約1時間整骨院に通って体の手入れをする。相棒が肺炎で入院しているから買い物、夜食の用意もぼくがやる。添削と夜食が重なるとめっぽう忙しい。ESには弱者に寄りそうなんて書いているが、よたよたと足の不自由なぼくをだれも助けない。

 帰宅は夜早くて10時、おそければ12時。最近は神保町発21時の電車に乗ることにしている。うちに着くのは22時を過ぎる。遠方から通っているのだ。よるはともかく、朝はス―パーの開店とともに入店して買い物をすませる。近ごろは神保町の店で買うことも少なくないが、なにしろ歩くのがひとの3倍から5倍かかる上に重い荷物は持てない。だから、休みが待たれる。かといって休みは何にもしない。うちでテレビを見てごろごろしている。あとはかないから頼まれた買い物、その夜の料理に使う材料である。ではあしたとあさっては休みますよ。


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