ペン森通信
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死んでも若いひとの中に生き続けたい
うちから最寄り駅まで歩いて6,7分だったが、いまでは20分あっても足りない。歩きがのろすぎるのである。途中の公園で蚊にさされることも多い。蚊が皮膚にとまって血を吸うくらいゆっくりした歩調なのだ。けさも20分もあれば目的の電車に乗れると思っていたが、30分近くかかった。間に合わなかった。急げば間に合うとわかっていても決して走らない。間違いなく転ぶからだ。それほど脚が弱っている。

天皇が生前退位の意向ということだが、ぼくにはその気持がわかる。つい5年前簡単にできたことが、いまは四苦八苦してもできない。からだが思うように動かない。動かせない。天皇はぼくより4つ上だが、ぼくらの世代はまだどこかに皇太子という感じをもっている。天皇は昭和天皇だ。皇太子だった平成天皇もいつの間にか年老いた。美智子さんも皇后になってからだいぶたつ。美智子妃殿下と言っていたころの主治医をぼくは知っていた。

主治医から聞いた平民妃殿下の秘話を知っているがここでは明かせない。主治医の仲間の医師は東大医学部の出で、侍医の1人が新宿のフ―ゾクで突然死したことがあった。そのあとをだれにするかと言う医師たちの話にぼくは同席していた。もちろんそのときに出た名前なんかぼくは記憶してない。フ―ゾクで突然死と言うことは、もしかして腹上死じゃあるまいか。侍医といえども欲望ある人間だから、フ―ゾクにも行くだろう。

 当時壮年だった医師たちも生きていればかなりの高齢だ。青年だったぼくがよれよれのじじいになっているのだから、当たり前だ。ただしぼくの老齢化はスピードが速い。10数年まえの脳梗塞の後遺症を引きずっているからと自分では考えている。左半身が言うことをきかない。ろれつも正常ではない。ついにけさ妻と娘から近所に言い整形外科ができたから行くように言われた。帰宅したらたぶん予約してあるだろう。

 来週の火曜日9日から13,14日の土日まで休みをとらせてもらう。うちでごろごろしてテレビを見るだけの生活だろうが、活発に動けないから仕方ない。それでも電車に乗ってどこかに出かけたいものだ。ローカル線好きとしては長野から愛知県までゆるゆるとゆく飯田線あたりがいいね。秋田―青森の五能線は遠すぎるが、妙玲の美人若い介護者でもついて世話してくれたら考えるけどね。悔しいが1人じゃ旅も無理な体になった。

 車を手放して運転をしなくなった点も大きい。新潟へ出て、秋田男鹿半島まで北上するのがペン森生同行の定番だった。笹川流れで写真を撮り、夕日記念館によってそのまま秋田を抜けて男鹿半島へ。男鹿半島はもちろんなまはげで有名。なまはげ館に隣接する建物でなまはげの実演を体験できる。ここで屋根を突き破るような悲鳴を上げたのが10期女子。男鹿半島から八郎潟を見て庄内平野まで脚を伸ばして日本の主食コメを考える。

 ぼくも若いころは当然、50代になっても自分が高齢になって不自由するとは全く想定していなかった。生きとし生けるものはすべからく死へ向かっていることを忘れがちだ、あるいは考慮外だ。ぼくもいつの日かこの世から消えるが、若いひとの中に生き続ける気でいる。

 

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