ペン森通信
戦争体験者は戦争嫌い
自室の本棚に開いてもない本が数冊ある。そのひとつを取り出して読みはじめた。一色次郎の『東京空襲記』』である。昭和47年初版だから相当古い。本はびっしり2段組みで700ページある。それに図版などの付録が10数ページついている。読了するには時間がかかりそうだ。まだ戦前の1944年6月の日記だから敗戦の45年8月まで先は長い。この間に日本の都市はB29の空襲によってほとんどが焦土と化すのであるである。

 作文に戦争のことを書くひとが今年は目立っている。戦後70年が頭にこびりついているのだろう。あるいは自分たちの世代は戦争体験者の話を直接聞ける最後の世代だ、という意識がなせるのかもしれない。戦争に関することはこれまで一言も言わなかった祖父がはじめて戦地のことを言ったのがきっかけで太平洋戦争について知りたくなって調べはじめたという21期生もいる。若者は戦争と言うものを知らないから、想像するしかない。

 想像の手助けになるのが広島の平和公園であり、『東京空襲記』のような本である。映画もいい。大岡昇平の『野火』を映画化した『野火』の悲惨はリアルすぎるという評判だ。ぼくはまだ観てないから勧めようがない。知ってどうする、という意見もあるが、知ることによって戦争はこりごりと思うだろう。それでいいのだ。軍医たちの体験したむごい戦争なら帚木蓬生(ははきぎほうせい)の『蠅の帝国』「蛍の航跡」を読むとよい。

太平洋戦争で地獄の戦場と言われた代表例はニューギニア戦線である。兵士の8割が戦死ないしは餓死したという。日本兵は南方の戦線で餓死した兵士が多かった。補給路が断たれたのである。日本は精神主義をぶっていたが、精神論で腹が満たされるわけがない。この精神論はいまでも日本社会に尾を引いて残っているようで、新聞社の社会部あたりでは風邪をひいたら「たるんでいるからだ」と言われかねない。古い体質なのだ。

と言うぼくは新聞記者志望の学生の作文指導をして20年以上たった。新聞も先々は勝ち目のない太平洋戦争と変わらないようなところがあり、何年か先には敗戦を迎えるだろう。新聞テレビと言う既存のメディアよりも新メディアをつくってみようという動きがペン森生の間から出始めている。ぼくも昔から、新メディアをつくってみろ、とけしかけていたがやはり冒険やリスクは避けて既存メディアのほうにみんなは人生をかけるようだ。

新聞は週刊文春にやられっぱなしだが、あれほど特ダネ特ダネと言う癖に文春に白旗を掲げてまいりましたと言う気配はない。後追いに夢中で余裕がないのか読者に謝るそぶりもない。新聞は報じなかった罪を自覚すべきだ。仮にPLO派遣先の南スーダンあたりで自衛隊員が殺された場合、大騒ぎになるだろうが、もしも週刊誌やテレビに先を越されたらどうするつもりか。その存在理由すら疑われる事態に後追い報道だけでやり過ごすのだろうか。

日本は戦争をしない国からできる国になった。改めて太平洋戦争の悪夢がよみがえった方もいるにちがいない。おおむね戦争体験者は反戦的であり、体験者の孫の世代の男はその実体を観念的に知っていて体験者ほど戦争嫌いではない。これから孫世代が多くなる。どうなるのだろう。



  
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