ペン森通信
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どこが戦前に似ているか
 ある状態には必ず終わりがある。はじまりもある。戦前の空気に似てきた、という声をよく聞くようになった。ぼくは戦前は知らないから、いまの日本の空気が戦前に似ているかどうかは実感的にわからない。太平洋戦争時、連れていた生後1年数カ月の妹を蛾死で亡くした故・野坂昭如も戦前に似てきたと言っていた。今年の年賀状にも日本や日本のジャーナリズムの危うさを危惧し、また同じ道を歩むのかと心配するひとが何人かいた。

 このような指摘は安倍政権になってからである。戦前の空気というのは国家総動員体制下にあった息苦しい時代のことをさしている。特定秘密保護法案をはじめ憲法違反と憲法学者が言った安保法案の強行採決、テレビへの電波停止発言(高石総務相)など政権・自民党に対する反発が強い。怖い時代への幕開けではないかという警戒の声が出はじめたのだ。戦前は前ぶれや予兆に一般が認識しないうちに危険領域に入り込んでしまった。

 高石早苗は総務相になる前から右寄りと思っていた。ぼくの一番嫌いな人間のタイプだ。声も顔も嫌いな女と言ってよい。どんなに嫌いであっても権力をもっている大臣である。総務相は電波法の免許権限を持っているから、電波停止発言もできる。権力で放送局に脅しをかけているようなものだ。生殺与奪の権力をもった権力者から脅しをかけられたら放送局は当然委縮する。高石は権力のおいしさを味わいつくそうとしているのだろう。

 戦前、戦中はテレビはまだなかった。言論・報道機関は新聞とラジオだけだった。国家総動員法によって、新聞紙の配給も統制され、その結果新聞は大本営発表をそのまま垂れ流すようになった。権力の意のままになったのである。こういう反省すべき苦い過去があるから、言論・表現の自由に関して、新聞は神経をとがらしているのだ。安倍や高石も戦前・戦中は知らない。高石は電波法76条に基づき停波の可能性に触れたのである。

 もちろん放送内容が反政府的で気に食わないから、電波を止めると言っているわけではないが、放送局としてはそこまで忖度してしまう。経営者がそう思うのだ。放送は許認可事業だから立場が弱い。安倍も国会答弁で高石発言を追認している。そこに敏感なひとは言論統制の匂いを嗅ぐのである。日本は憲法で表現の自由が認められている。一方、放送法4条は放送局自が努力目標とすべき倫理規範を定めている。高石は放送法を背に脅した。

 放送法4条は「政治的に公平であること」「報道は事実をまげないですること」などという規則がある。これは放送事業者がみずから守るべきルールである。ぼくの友人の岸井成格はTBSのニュース23で「安保法案にメディアはもっと反対すべき」などと発言して放送法4条違反だとして読売、産経に掲載された意見広告で個人攻撃された。岸井はあれだけ反対の声が満ちているその声を無視するなとメディアにはっぱをかけたのである。

 安保法案は来月施行される。戦後、最も戦争をした国はアメリカである、とアメリカの学者ノ―ム・チョムスキーは指摘している。アメリカから戦闘の応援依頼があったら断れるのか、このへんが不明だ。安倍政権は異論にあまり耳をかさない。では礼賛すればいいのか。これじゃ戦前の二の舞いになる。

 

 
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