ペン森通信
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無事を知らせる年賀状、年末状
ぼくは年賀状は出さない。代わりに年末状を出すことにしている。新聞記者時代、年末状の企画を書いたのがきっかけだ。年末状を出しているひとをどうやって探したのかもう忘れてしまったが、意外に多いことを知った。で、ぼくも真似をはじめた。だが、今年は年末状もごく少ない。年4回発行している『瀬下塾ジャーナル』の33、34号の発送が遅れたので、そのなかにA4のコピーを1枚差しこんで年末の挨拶をすますことにした。

これも新聞だったが、年賀状特集を書いたことがある。当然だが、年賀状は郵便の発達と大いに関係がある。明治時代は正装して上司に年賀のあいさつをしていたが、上司のかみさんあたりがいちいち挨拶を受けるのは面倒だ、と亭主に文句を言ったかどうかはわからないが、そのうち客は訪れた証拠だけ残して帰るようになった。会社員や公務員なら名刺だけおいていけばすむようになった。そのための名刺受けがあったらしい。

さらに簡素化されて郵便で出せばすむようになったわけだが、相手方に元日に着くのが新年の挨拶に最もふさわしいので、年末の年賀状書きは宿題に追われるように切迫感で胸が痛い。ぼくも年賀状を出していたころは10枚か20枚ずつ並べて、ひとまとめに同じ字を書いていた。賀正なら賀正が10枚ないし20枚、謹賀新年も同様に10枚か20枚である。横着も極まれりという感じであったが、時間の節約にはなった。

 そのくせ到着は待ち遠しく、大学生時代も元旦は午前8時ごとから郵便受けを開けていた。女の子から何通来ているかが大問題で、好きな子から来ていようものなら今年こそその子をなんとかしたいと真剣に思ったものだ。相手はただ儀礼として年賀状をよこしたのだろうが、こっちはそんなことはどうでもいい。年賀状といえども、出す相手のことをいっときでも考えてくれたのだ。気がある証拠であると解釈して嬉しかった。

数年前から写真付きの賀状が多くなった。結婚した相手と2人で、あるいは結婚式の写真、次の年には赤ん坊と3人で、というあんばい。ペン森は適齢期を前にした男女が集合している関係で、ぼくがもらう年賀状にはとくに家族写真が目立つようになるのかもしれない。ペン森生同士の夫婦に子どもができ、それが年賀状写真で披露されるとときに涙が出ることもある。それだけ感慨深く、うれしいのだ。涙もろくなったせいもあるが。

去年もうあの先輩はお迎えが来ただろう、と思って年末状を出さなかったひとから年賀状が届いて「恒例の年末状が来なかったので、きみの身を案じている。元気だろうか」と添え書きがあった。互いに相手は生きて元気でいるがどうかが気になるのだ。この歳になると年賀状も年末状も生きている証になる。これは年老いてから気がついた効用だ。今年は11月にはもう喪中はがきが届いた。亡くなった父や母は超高齢で100歳以上もいた。

喪中はがきのひとにもかまわず年末状は出ことにしている。それが年始の挨拶違う年末状のいいところだ。ぼくは喪中はがきは出さなかった。年賀状は来なければ正月からさびしすぎると思う。来週、年末状を発送してぼくがまだ無事であることを知らせよう。


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