ペン森通信
ネズミ1匹もいなかった安倍談話
 僭越ながら、総理大臣安倍晋三の終戦70年談話を添削しようかと思った。作文にしては1000字の魏志倭人伝より3倍長いが、内容は主体のないだらだら文である。記者会見の様子をNHKが中継していた。20期生に感想を聞かれたぼくは「巧言令色 鮮(すくな)し仁」とだけ言った。言葉巧みに飾り立て、いかにも人徳がないような印象を受けたからである。修飾過多の抽象長文で実質を伴っていないと感じたのだった。

 実際は官邸の官僚たちが手を加えて、本人の意思がどの程度生きたかは知らないが、美文にしようとして悪文になった感は否めない。「私」という主語がなく「胸に刻む」という表現の多用に実質のなさが見てとれる。だから読む(聴く)ひとの胸に染みいらない。もうこれだけでAはあげられない。Cまではいかないが、B評価が妥当だろう。焦点がぼやけてなにを言っているかわからないこの長文は、マスコミ採用試験なら筆記落ちである。

 安倍談話が発表されたのは8月14日だった。その後新聞や週刊誌などが論評したが、総じて評判は芳しくない。ぼくはそのほとんどを読んだが、「私」という主語がまったくない、ということやなにを言いたいかわからないという批判はどこにでも書いてある。1週間おいたぼくの評価は後出しだから、真似はしないがなんらかの影響は受けているかもしれない。ただ悪文という批判や「胸に刻む」という空疎な表現の多用批判は見てない。

 五輪エンブレムだけでなく、サントリーのトートバッグなど数々のパクリ疑惑にさらされているデザイナー佐野研二郎はもう逃れられないだろう。では五輪エンブレムはどうする? 東京オリンピック・パラリンピックはなんとなくファッショめいてきたから怖いねえ。この空気が太平洋戦争下の日本を覆っていた。安倍談話はその空気を醸成したマスコミには触れず強制連行や慰安婦強制の日本軍も無視した。主語「私たち」に包含したのか。

 「巧言令色」の「令色」にはひとに気にいってもらえるよう取り繕うという意味を含んでいる。では安倍はだれに気にいってもらいたいのだろうか。すでにこの世にない祖父の岸信介、韓国女性、アメリカ、中国だろう。中国は訪中前だから刺激しないように気配りせざるをえなかった。アメリカは日本にとっての親分筋にあたるのでご機嫌を損ねないように留意したはずだ。安倍は当初、自分の右翼色を出すつもりだったとなにかで読んだ。

 もちろん安倍は「侵略」なんて言葉は使いたくなかった。週刊新潮8・27号によると、安倍と親密な東大名誉教授の北岡伸一が読売の会長渡辺恒雄と会って突然「私はもちろん侵略だと思っている」と言いだしたのだそうだ。ナベツネとも親しい北岡はナベツネの意を受けて侵略使用を安倍に直言したらしい。だから安倍談話ではなくナベツネ談話だという政府高官もいるという。反軍少年だった権力者ナベツネは少年に戻ったのだろうか。

 北岡が70年談話には「侵略」とはっきり打ち出すべき、と書いたのを読んだとき、ぼくはいささかの違和感を抱いたが、それだけだった。ナベツネが侵略派だとも知らなかった。人間は謎深い。1個の人間の中に数人の人間が潜んでいる。
 

 

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