ペン森通信
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沖縄の抵抗の歴史を知れ
 ペン森はマスコミ塾らしく、このところ時局問題の議論が盛んだ。昨夜は安保法制から自民党の報道圧力、沖縄問題まで広がって熱がこもった。沖縄に関してぼくはごく少数派と思うが独立論者である。スコットランドのように独立の可否を問う住民投票をやってみたらどうだろう、と考えている。日本に帰属したいという住民の得票率が高いだろうが、それだけでもいいのだ。日本国民の沖縄についての関心の度合いはかなり上がるだろう。

 たまたま昨日30日は米軍ジェット機が小学校に墜落して児童など17人が死亡してから56年に当たる日だった。ペン森を開設した1995年は米兵による少女暴行事件で沖縄が憤怒した年である。沖縄に米軍基地があるのはサンフランシスコ講和条約で日本の独立を認めるのと引き換えに沖縄に米軍の基地を置いてもいい、ということになったからだとされる。それ以来沖縄は米軍基地を押し付けられてきて、今日にいたる。

 沖縄は琉球処分に遭った抵抗の歴史もある。琉球王国は小さな独立国だったが、1609年に薩摩藩が侵攻して薩摩藩の支配下になる。1871年の廃藩置県のあと琉球藩とされるが、明治政府は明治の年号使用、清国との通交を絶ち、藩主の上京を迫る。だが日本に屈服しなかった。明治政府は79年についに武力介入して、廃藩置県を通告し、首里城の明け渡しを命令する。これが琉球処分。こうして沖縄県が誕生する。

 日本政府は辺野古基地移設に抵抗する沖縄に対していらいらして一気に沖縄処分にまで持っていきたいだろう。だがいくら安倍が異論を封じたいからと言ってもそうはできまい。日本でもすでに民主主義が醸成されている。沖縄が450年間独立した王国だったことを思い出して独立を問う住民投票をおこなうと決めたらどうする? 自衛隊による武力介入、まさか。翁長知事のように「ここは日本ですか」と沖縄県民は聞きたくもあろう。

 20期女子に沖縄フェチがいるが、16期女子にもいた。16期女子は八王子からバイクで東京港まで走ってフェリーに乗って渡り、半年間住んだ。米軍基地拡張かなんかで座り込んで反対する村民に混じって夜も座り込むなど本格的に活動した。ペン森卒業式で男子の群れに入り込んで話していたが、「わたしの処女喪失の話ばっかり」とむくれていた。なに自ら「ワン・ナイト・ラブでボランティアの男とできたの」と話題提供したからだ。

 ぼくは2回しか行ってないが、雨に降られてびしょぬれになったことと屋根の大きいお墓の立派さだけが強く印象にある。そのとき、ひめゆり部隊の生き残りのひとから辛苦の体験をきいたが、語ってくれたその女性も去年亡くなった。こうして歴史は転回してゆき、やがて沖縄が450年間独立王国であったことを忘れ去るようにすべては過去になるのだ。だが、お墓は王朝時代をしのばせ、やはり沖縄が独特の文化圏だったことがわかる。

 沖縄の文化を尊重するゆえにぼくは沖縄独立論者である。中国では沖縄は中国の島だと主張する者がいるらしい。昨夜もじゃあ尖閣列島はどうなる、といった質問が出た。沖縄のひとの住民投票で選ばせればいいではないかとぼくは思う。帝国主義時代の領土という縄張り意識が消えないから国家間の紛争も消えないのだ。








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