ペン森通信
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老骨の生々しい青春
サクラは好きじゃない。春の盛りに散るからきらいだ。「桜の樹の下には屍体が埋まっている」と書いたのは短編小説の名作とされる『檸檬』の梶井仁次郎だ。サクラをみる梶井は『檸檬』ではないが青春の不安、焦燥、憂鬱を感じるらしい。梶井の作品ではサクラがあまりに見事に咲いているのでそのように感じるというのだが、ぼくはサクラにはほとんどなんの感壊もわかない。あー咲いたか早々に散り去るなよ、くらいの気分である。

 もはや春はすぎて、初夏に近い。若芽どきである。ぼくの一番好きな季節だ。人生で言えば若葉は中高時代である。20代前半の悶々とした緑濃い青春をすぎて駆け足で夏という熟年がやってくる。あとはもうつるべ落とし。気がつけば中高年の秋の落ち葉にわが身を重ね、やがて裸木の寒々しい季節。ぼくはいま、その寒々しい季節に到達している。好きなのは季節も人生もまだ入り口にさしかかったばかり生命に満ちた若葉の季節だ。

 その点、ぼくはフィリピンで少女など1万2000人を買った元中学校長とは趣味が似ているのだろうか。でも完璧に異なる。元校長の場合70代の老女もいたという。それは醜悪にすぎる。仮にぼくが女好きだとすれば、高校生くらいの少女から大学生までの人生の入り口にいるころまでが好みだ。もっともそんな贅沢は言っておられない枯れ枝の年齢なので最近では20代であればすべて許容するようにしている。贅沢な好みだが。

 梶井仁次郎の『檸檬』はほとんど知らない。木の下に埋まる死体は知っていた。大学に入ってからも『檸檬』という漢字が「れもん」とはつゆ知らなかった。知ったのは不安、焦燥、憂鬱に悶々としていた20代前半のことだった。老齢に至った現在の不安、悶々には死への脅えが潜んでいる。同時に、20期生がみな無事に内定するだろうか、という一抹の疑念も混ざっている。心配のない作文達者もいるが、センスのない数人が気になる。

 内定をもらうには努力しかない。そのことを意識することなく作文を書こうとしない若者もいるが、後悔先に立たずである。肝に銘じてくれ、と言いたくなる。アルバイトで時間がないかもしれないが、そんなのは理由にならない。優先順位を考えれば、内定第一だろうに。ペン森は受講料の請求はしないうえ、夕食がただで食える。出世払いでいいし、ESも現役記者・編集者が懇切丁寧に見てくれる。いい塾だと自讃したいくらいだ。

 ペン森生の女子はみんなぼくの好きな瑞々しい20代前半。20代前半ではあっても、だれしも老齢に向かって移行してゆく。花のうちに将来の道筋を決めておこうと言うのが内定だ。この麗しい花は内定すればあと数十年咲き誇って、サクラのように春爛漫に散りゆくことはない。あと数十年咲き誇ることができるかどうかは、本人が数十年咲き続けるテーマややりたいことを情熱的に継続できるかどうかだ。前向きやる気プラス思考だよ。

 ぼくは若い時分から若者や世相、異文化に関心があった。異文化はアメリカの有力週刊誌に関わってある程度実現した。若者はペン森を開設することによって記者時代から継続している。世相は若者に付着してくる副産物のようなところがあるが、デジタル関係はちょっとお手上げ。でも20代前半と日常的に接していると精神は生々しい青春なのだ。


 

 

 

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