ペン森通信
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松陰の飛耳長目に学べ
44歳で就任した初代の内閣総理大臣、伊藤博文は無類の女好きで知られる。数々の浮名が残っている。英字新聞をいつも読み、若いころ3度も欧米に渡ったことがあり、英語が達者だったという。攘夷で固まっていた長州が関門海峡を通る外国船を砲撃した報復で英米仏蘭の4国艦隊の攻撃を受け完膚なきまでに敗れる。その敗戦処理に高杉晋作が全権を委ねられ交渉するが、その際通訳を務めたのが伊藤博文だった。

 伊藤博文は気配りのひとでこまやかに面倒を見た。性格も明るく明朗陽気だったから、女にもてた。博文は言わずと知れた吉田松陰の松下村塾で学んだ松陰の弟子だ。44歳の若さで総理大臣になった最年少記録はまだ破られていない。しかも4度まで総理大臣になったこの女好きは、当時スキャンダルで大騒ぎする風潮もなく、29歳で病死した高杉にくらべ69歳まで生きた。ご存じハルビン駅で安重根に銃撃されて非業の死を遂げる。

 NHKの大河ドラマは長州出身の安倍首相のご機嫌をとりむすぶためか、歴史にほとんど出てこない吉田松陰の妹がヒロインである。安倍は長州出身としては伊藤にはじまり8人目の総理大臣である。明治維新以来、連綿として長州閥がつづいてきたのだ。ぼくは薩摩の人間だから、長州が明治維新の功績を全部さらったように見えるのがくやしい。伊藤は薩摩の大久保利通にくっついてまわり、伊藤が暗殺されるとその権力を受け継いだという。

 ぼくが通った高校の校庭の片隅に元帥、大山巌生誕の地の碑が立っていた。道一つ隔てたところが西郷隆盛生誕の地だった。西郷が生まれた200メートル四方の町内では大久保利通も生まれ、幼少時を送っている。薩摩にしろ長州にしろ、あのような田舎からよくぞ日本の近代化に貢献した英傑がまとまって出てきたものだ。地方創生の維新だった。安倍には長州の血が流れ、高杉晋作を尊崇するが、自身は東京のボンボン育ちで異質を好まない。

 安倍の言っていることは経済的に夢よもう一度だが、人口減は止まらない。人口減対策と地方創生の総合戦略によると、若者の東京転入超過を食いとめ、今後5年間で若者30万人の雇用をつくる、という。その対基本目標として、地方の雇用創出、地方への移住促進、若い世代の結婚・出産・子育ての希望実現などをあげている。若い世代に結婚出産子育ての希望を託すのはいいが、坂の上の雲をめざした青春の明治と違い、日本も年老いた。

 日本もまた高齢に達しているのだ。高齢者には未来への希望はないが、吉田松陰が松下村塾で2年9カ月人材育成に力を注ぎ、日本の危機を若い力で打開しようとした。志を同じくするペン森は松下村塾ではなく、大阪に緒方洪庵が開いた適塾を模している。適塾の卒業生は医者、科学者、教育者、政治家と広い。酒飲みの福沢諭吉や陸軍創始者の大村益次郎もこの塾に学んだ。福沢は一升瓶を傍らに勉強したそうで、ペン森はそれに倣う。

 来週か再来週か塾生の希望に合わせて幕末勉強会がはじまる。講師のぼくは幕末の若者たち負けるなとはっぱをかけるつもり。合わせて異なるネタで作文を10本書くように宿題を出しているので、幕末をヒントにしたネタもこっそり披露しよう。松陰がもっていた記者魂、飛耳長目だけは伝えねばと思う。
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