ペン森通信
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わが懐かしきキューバ危機
 国交が断絶していたアメリカとキューバが国交交渉に入ったというニュースは年末を飾る明るい話題である。ぼくはキューバには行ったことはないが、ペン森生の何人かはその首都ハバナを訪れたことがある。キューバは独立戦争のあと1902年にスペインから独立してアメリカの保護国になるが革命をへて、旧ソビエト側につき社会主義体制を敷く。62年にソビエトの核ミサイルの配備を阻止しようと米ソ一色即発の危機になる。

 いかにも朝日の好きそうな平和なニュースなのに本日の朝日1面トップは、いまさらながら小保方晴子のSTAP細胞は「『存在せず』が濃厚」と歯切れが悪い。結果が明らかな話を取り上げた。朝日はあの誤報問題以来、内部でどのような化学変化が起こったのか、どうも変だ。細胞の発見発表を1面トップで大々的に扱ったことを誤報だと非難されてはたまらない。で、本日の扱いになったのかもしれない。しかしSTAPの嘘は古い話だ。

 アメリカとキューバの仲直り話し合いの裏にはローマ法王がいた、というのが本日の朝日。それを1面小保方の脇に3段で報じた。この記事は続報扱いだから、朝日は前日報じていたのかもしれない。たまたまきのうは朝日を読まなかったので、ぼくだけが知らなかったのかもしれないが、ニュースは接しなければゼロなのだ。若者の新聞離れは、接しなくても痛痒を感じないからだろう。ぼくはきのうのうちにネットニュースで知っていた。

 ぼくがアメリカとキューバの和解に格別の関心があるのは、懐かしくも古き大学生時代を思い出したからである。のど元に刺さったとげを抜こうとアメリカは、経済制裁を続けるが、62年の危機はキューバ危機と呼ばれる。アメリカ高官の回顧録を読んでなるほどと納得したのだが、このとき上空から偵察するとキューバにテニスコートをつくっていた。キューバ人はテニスをしない。やや、ソビエトの軍人たちがやってきたとわかったのだ。

 ソビエトの艦隊がキューバに接近して、世界は米ソ核戦争かと息を呑む。直前にソビエトの艦隊は引き返して事なきをえた。これがキューバ危機である。その62年、ぼくは大学4年生だった。その際、新聞記者に内定していたかどうかは憶えていないが、卒論のテーマは「新聞における自由の歴史」だった。新聞がキューバ危機をどう報じたかが大きな内容を占めた。テレビは未発達でニュース源は新聞しかなかった時代のことである。

 400字50枚を1週間で書き上げたから、中身はとても自慢できるものではなかった。卆論で触れたせいか、キューバ革命にはちょっと関心があって、つい2カ月前にもチェ。ゲバラの評伝映画を見た。日本で学生運動が盛んなころ、医者でありながらの革命戦士ゲバラは闘争学生の英雄だったのである。同じ革命家で社会主義キューバを治めているカストロよりも人気があった。世界はめまぐるしく変化するが緩慢に動くこともある。

 4年生のペン森生も12月は卒論の締め切りだった。みんな無事に出し終えたようだ。卆論に書いたことが50年以上を経過してから話題になるような内容をしたためたひとはいないだろう。50年以上たって生のニュースになるのは地震、噴火、気象異変、疫病、日本の破綻くらいだ
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