ペン森通信
トイレが近くなって考えた
国会は解散風が吹きはじめた。関係ないがぼくは風邪を引いた。ペン森を風邪で休んだことはない。脳梗塞で入院して休ませてもらったのはもう13年前になる。そのとき、たばこもすっぱりやめた。煙草をふかしている夢を見ることがいまでも年に1回はある。車の運転は5年前に、ゴルフは7年前にやめたが、運転とゴルフも夢を見ることがある。夢に出てくるのはすぎ去った過去ばかり。夢は小便に起きる直前に見る。

テレビの軍師官兵衛で茶々の隣に寝ていた秀吉が身を起こしてもぞもぞしていた。「どうしました?」と茶々が聞くと「もらしちゃった」と秀吉はばつが悪そうに言う。ぼくは酒を飲んでも、就寝前に睡眠導入剤を飲むから、比較的睡眠は深いほうだと思う。困ったことに自分では大して意識しないまま、いつの間にか老人になってしまった。秀吉みたいに布団のなかに漏らすのでは、と気がかりだ。老人になると想定外の心配ごとがふえる。

就寝してから小便で目が覚めるのは1夜に多いときで4、5回、少なければ1,2回だが、最近休日は早寝をするのでその分、回数がふえる。10時すぎにベッドにもぐると、12時半か1時に夢とともに1回目の目覚めになる。膀胱はぱんぱんに膨らんでいる。廊下ひとつ隔てた洋式トイレを遠く感じたりする。注意報を自分で発しながら、柱を伝わって寝ぼけ眼で駆け込む。トイレにも手すりをつけているが、これは小便の際には無用だ。

老人はトイレが近い。出るまでには少々時間がかるときもある。小便をする際は老人のあとに並ぶな、と言われるゆえんである。帰りしなペン森ですまし、ほぼ1時間後帰着した駅でトイレに行く。乗車前に用をたしているから、駅ではたいていスカである。それでもなんとか気分を盛り上げて、ほんの一滴のチョビでも出すように努力する。待っているひとがいると気が急く。駅で済ますから以前のように自宅近くで立ち小便をしなくなった。

東京の通勤電車にはトイレがないが、ローカル線にはトイレがある。最近、用心深くなって、たとえば熱海から乗るときはトイレ車両を必ず確認してから、その車両か隣の車両に乗る。地方を走るディーゼル車両は1両か2両だが、これもトイレの有無を確認してからトイレ車両を利用する。ローカル線は駅間距離が長いせいか、高齢者の利用が多いせいか、ほぼトイレがついている。むかしは便器の穴の下を通過する枕木が見えたものだ。

垂れ流しでしかも停車中は使用不可だったことを憶えているぼくは、停車中の列車のトイレ使用にはいまだに慣れない。走行中に使うことが多くなるが、脚の自由が利かずすぐバランスを崩すので途中の通路で苦労する。子ども時代の体験が後遺症となって残るというのも長生きの証拠であるから、あまり深堀はしないことにしている。もちろん通勤途上の主要駅のトイレはほとんど場所を調べている。備えあれば憂いなしの知恵である。


日本の文化はおもてなしにその真髄があると言われる。トイレのきれいさ、とくに駅やデパートのそれは比類がないほどではあるまいか。といってもぼくの海外体験なんてしれたものだが。トイレのことを考えると、ぼくはドメスティックにならざるをえない。

 国会は解散風が吹きはじめた。関係ないがぼくは風邪を引いた。ペン森を風邪で休んだことはない。脳梗塞で入院して休ませてもらったのはもう13年前になる。そのとき、たばこもすっぱりやめた。煙草をふかしている夢を見ることがいまでも年に1回はある。車の運転は5年前に、ゴルフは7年前にやめたが、運転とゴルフも夢を見ることがある。夢に出てくるのはすぎ去った過去ばかり。夢は小便に起きる直前に見る。

テレビの軍師官兵衛で茶々の隣に寝ていた秀吉が身を起こしてもぞもぞしていた。「どうしました?」と茶々が聞くと「もらしちゃった」と秀吉はばつが悪そうに言う。ぼくは酒を飲んでも、就寝前に睡眠導入剤を飲むから、比較的睡眠は深いほうだと思う。困ったことに自分では大して意識しないまま、いつの間にか老人になってしまった。秀吉みたいに布団のなかに漏らすのでは、と気がかりだ。老人になると想定外の心配ごとがふえる。

就寝してから小便で目が覚めるのは1夜に多いときで4、5回、少なければ1,2回だが、最近休日は早寝をするのでその分、回数がふえる。10時すぎにベッドにもぐると、12時半か1時に夢とともに1回目の目覚めになる。膀胱はぱんぱんに膨らんでいる。廊下ひとつ隔てた洋式トイレを遠く感じたりする。注意報を自分で発しながら、柱を伝わって寝ぼけ眼で駆け込む。トイレにも手すりをつけているが、これは小便の際には無用だ。

老人はトイレが近い。出るまでには少々時間がかるときもある。小便をする際は老人のあとに並ぶな、と言われるゆえんである。帰りしなペン森ですまし、ほぼ1時間後帰着した駅でトイレに行く。乗車前に用をたしているから、駅ではたいていスカである。それでもなんとか気分を盛り上げて、ほんの一滴のチョビでも出すように努力する。待っているひとがいると気が急く。駅で済ますから以前のように自宅近くで立ち小便をしなくなった。

東京の通勤電車にはトイレがないが、ローカル線にはトイレがある。最近、用心深くなって、たとえば熱海から乗るときはトイレ車両を必ず確認してから、その車両か隣の車両に乗る。地方を走るディーゼル車両は1両か2両だが、これもトイレの有無を確認してからトイレ車両を利用する。ローカル線は駅間距離が長いせいか、高齢者の利用が多いせいか、ほぼトイレがついている。むかしは便器の穴の下を通過する枕木が見えたものだ。

垂れ流しでしかも停車中は使用不可だったことを憶えているぼくは、停車中の列車のトイレ使用にはいまだに慣れない。走行中に使うことが多くなるが、脚の自由が利かずすぐバランスを崩すので途中の通路で苦労する。子ども時代の体験が後遺症となって残るというのも長生きの証拠であるから、あまり深堀はしないことにしている。もちろん通勤途上の主要駅のトイレはほとんど場所を調べている。備えあれば憂いなしの知恵である。


日本の文化はおもてなしにその真髄があると言われる。トイレのきれいさ、とくに駅やデパートのそれは比類がないほどではあるまいか。といってもぼくの海外体験なんてしれたものだが。トイレのことを考えると、ぼくはドメスティックにならざるをえない。
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