ペン森通信
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その後の人生も楽しく
 金曜日、木曜日は体が重い。一種の歩行困難者になる。とりわけ、夜11時をすぎて駅の改札をでて家にむかうとき、ほとんど例外なく酔っているので、杖をついている最近は転倒することもなく帰り着く。杖さまさまである。体が重いのは年齢のせいも大きいと思う。いい加減引退していい歳だ。かかりつけの医者も最初は「まだ働いているんですか」と驚いていた。おととい5日に76歳になったのだから、悠々自適でもいい歳だ。

 男は会社を定年退職したら、田舎生活を楽しもうとか、絵を描こうとか、温泉巡りの旅をしようとか、いろいろと夢を描くらしい。でも田舎暮らしは自然に恵まれている代わりに虫が多いうえに村の付き合いが大変だ。絵を描くにしても温泉巡りにしても金がかかる。収入がないのに自分だけ楽しんで、老後資金のことを考えてよ、と女房が怒るに決まっている。かと言って、家の中にいつもいるものなら、「たまには外へ出たら」と言われる。

 会社だけが人生のすべてだった人にとって定年後は死ぬほど退屈で長い。その点ぼくは、会社生活は人生の寄り道だったと思っている。もともと30代のころから若い人に囲まれてマスコミ向けの作文を見ていた。その作文塾を前の会社を途中退社してから、なんの迷いもなくマスコミ志望の学生向けの作文塾をはじめたのである。以前から酒つきだったが、これは緒方洪庵の適塾に倣った。塾生の福沢諭吉は開塾中も酒を手放さなかったという。

 ぼくが酒飲みだった、ということが、ペン森が来年20周年を迎える一番の要因だろう。おかげで自ら楽しむだけでなく、有為な学生と親しく接することができ、将来に期待してわくわくする心情になれた。おととい卒業以来訪れてきた5、7期生はソニーに勤めていたがいまは辞めて、起業するという。世界をめぐってきて英語堪能にして頭脳活発、堅実な若者だから、きっと成功するだろう。未来を見据える頼もしさをぼくは感じた。

 つぎの要因はぼくが若者好きだということだ。若者は未来や希望につながる可能性を秘めている。最近の若者はひ弱で心身のたくましさに欠けるが、それでも76歳のじいさんよりもはるかにその可能性に期待していい。それが若さの強さというものだ。ぼくが30代で面倒を見た学生はもう50代後半にさしかかっている。ぼくがペン森をはじめたころと同じ年齢である。体が重いのはすぎし日からよく飲んだと気が咎めるからにちがいない。

 76歳のお祝いメールに、父親とぼくのことが話題になり、定年退職の父親はぼくのような人生がおくれたらいいなあ、と羨ましがっているらしい。たしかにぼくは好きなことをやってきた。いい人生だとぼくは思う。家内は「毎晩がお誕生祝いみたいなもんでしょ」というが、まあ、神保町の平成の適塾はそんなもんだ。ここから福沢諭吉、大鳥圭介、高峰譲吉、高松凌雲、橋本左内、大村益次郎や歴史に名を残す女史を輩出させたいものだ。

誕生祝いに石井光太の『浮浪児1945-戦争が生んだ子供たち』を学生たちからもらった。上野の地下道にたむろしてかっぱらいやごみあさりをしていて、仲間が何人も餓死するなか生き伸びた少年たちのその後が気になっていたぼくの読みたかったドキュメンタリーだ。ひもじいという言葉はもう死語になった。いまの若者は罪の意識を感じることなく食べ残す。だが生きづらい。なんという時代だろう。
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