ペン森通信
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就活と終活と、ペン森の二極化
二極化はペン森でも甚だしい。若者の就活話と年配者の終活話だ。このところほぼ毎晩お墓をどうする?と終活話が盛んである。ぼくは浄土真宗だが樹木葬か散骨を望んでいる。田舎に先祖代々のお墓があるものの、その近辺には身寄りの者はだれもいない。おととし行ったら、お寺も後継者がいないらしくほったらかしで草ぼうぼうだった。おれは女房がおれの代々のお墓には絶対いっしょに入りたくないと強硬に言っている。と言った類。

 ぼくも間違いなく死を迎えることになるが、いつになるかはわからない。11月5日にはさらに歳を重ねる。誕生日は生前告別式みたいなものである。誕生日を前に死にまつわる手続きを代行してくれる会社が募集中の会員になった。5万円で世帯の面倒をみてくれるという。樹木葬もOKというからすこしはほっとした。家内はがんを患いまだ復帰途上にあるが案外、しぶとく生きている。ぼくが先に逝くだろうが、5万円で憂いなしだ。

 ペン森は20期生を迎えている。つまり創立20年ということである。創立した当時、信じがたいことにぼくは50代だったのだ。1期生が40代のおじさん、おばさんになっているのだから年年歳歳、月日は流れて例外なく死へ近づいているわけである。40代50代では元気でいる限り死のことや葬式のことなんて1ミリも考えない。肉親や友人が亡くなっても自分に引き寄せて考えることはない。それはまだ考えの外にあるのだ。

 もっとも東日本大震災や御嶽山のような不測の事故に見舞われる事態もありうる。東京の場合、直下型地震が怖い。脚の不自由になってから地下鉄に乗っていると、この体ではとても逃げられないと意識が変化した。体幹というのだろうか、体を支える1本の強力な芯がないように感じるくらいたよりない。1本足でズボンもパンツも靴もはけたのはもう30年も前だった。いまや家の階段、トイレ、風呂場に手すりをつけている。

 脳梗塞で倒れて以来、左脚はひざが上がらず擦り足状態になっているが、ことし8月11日に飲みすぎて転倒したとき、すでに杖をもっていた。杖をついた記憶は5期生と尾瀬を歩いたとき以外にない。なんのためにいつ買ったのだろうか。自分が転び体質であることを無意識にも察知して転ばぬ先の杖を用意していたのだろうか。まだボケてはいないつもりだが、判然としない。事情はどうあれ、杖はあらかじめ用意していたのである。

 その杖をついて歩くのがもう日常化している。今度の土曜日は15期女子の結婚式に参加するが、空は晴れてほしいと切に願う。杖と傘で両手がふさがる上に引き出物をもつ難儀を思うからだ。まして披露宴でほとんどブレーキなしに飲むだろう。杖なしでは歩けないかもしれない。ペン森から帰るとき、普通は酔っている。19期→20期女子が手をとって神保町駅に送ってくれるが、電車を降りると杖にたよらねば確実に転んでしまう。

 杖と手すりのぼくにも就活の若いころがあった。有為転変があったにせよ、幸福な人生を送り、こうして終活の時期に突入した。樹木の下でペン森こぞってあの世をいっしょにすごそうよ、と言ったら終活組は大賛成だった。
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