ペン森通信
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台風は騒ぎすぎじゃないの
  台風18号のときもそうだったが、19号もやたら自治体の避難勧告が目立った。去年まではなかったことである。言うまでもなく、自治体の責任回避である。だが、それまで空振りでもいいから、住民になんらかの事前通知をして安全をはかるべきだ、という意見が強まっていた。名古屋市は19号に際して、市の100万以上の全世帯に対して避難勧告をだしたというNHK報道があった。いきすぎじゃないの、という声はなかった。

 名古屋がそれほど危険な都市なのかとは認識したことがないので、ぼくはびっくりした。名古屋市の人口は226万6400人だが、もし全員が避難したら収容場所に入りきれないだろう。もちろん避難する住民はごく少ない、微々たるものだと市側は踏んでいるわけで見えすいた避難勧告であった。こんなオ―バ―な対策をしたら、避難勧告くらいで避難する住民はいなくなる。避難指示だって聞く耳をもたないひとが続出するだろう。

 それにしても、台風そのものに対して事前に騒ぎすぎではないだろうか。事前情報におびえたり、不安がったり、ぼくのような脚だけでなく体が思うままに動かせない身には余計に心配がつのる。18号も19号もすぎてしまえば、一気に広がる青空を見上げて、なあ―んだと気が抜けた。まあ、すべては結果論にすぎないとはいえ、そもそも台風も人生みたいなもので沖縄あたりでは少年期だが、九州の青年期を経て東京ではもう中高年だ。

 気圧の数値が上がってくると雨はともかく、風の勢力は弱まってくる。次第に弱まってしまいには温帯低気圧というくたびれた老年期に入り、やがて消える。1日中NHKテレビをつけて獰猛な少年期から観察していると、台風も生命体をもった生き物のようだ。その獰猛さもおとなしくなるはずだが、恐怖イメージだけはいつまでも引きずる。19号もスーパー台風という極端に気圧の低い状態がインプットされたまま固定した感じだった。

おそらく避難勧告を出した自治体も19号の最初のイメージから抜け出せず、不安だけが増幅した。空振り容認の空気が日本中に醸成されてきたので、安易に避難勧告を出して責任を避けた面もあったにちがいない。マスコミも事前にいくら大げさな予報を流しても責任が問われない。人事の予想などに比べたら気楽なものである。予想が外れて被害が少なければいい結果につながって怒るひとはいない。謝る必要はまったくないのだ。

世帯の数と同時に対象人数も発表される場合が多いが、世帯数に比べて人数が少ないのは日本の少子化、高齢化、単身化現象の表れだろう。もちろん、核家族化も反映しているはずだ。○○世帯××人に避難勧告が出されました、とアナウンサーが読み上げるたびに
世帯の数に見合った人数はいないな、と日本の未来に改めて不安を抱いたのはぼく1人ではなかったろう。せいぜい1世帯3人足らずの人数であった。これでは日本は先細りだ。

台風報道には気象庁という情報源がある。マスコミが自由に情報を操作しているわけではない。台風は仕方ないが、本日の秘密保護法運用基準の閣議決定報道も毎日などの一部を除いてまるで政府広報のようだった。新聞の存在価値も先行き心配だ。






 
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