ペン森通信
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新聞記者志望なら吉村昭を読め
日本ではじめて新聞を創刊したのはアメリカ彦蔵である。れっきとした日本人だが国籍はアメリカ。江戸時代の嘉永3年、13歳で炊事手伝いとして乗船していた船が破船漂流する。アメリカ船に救出されアメリカ生活を送るが、両国の文明の差は著しく、彦蔵は一気に未来を旅するような体験に投げ込まれる。彦蔵は一少年船員にすぎないが、日本の文化度は高く、すでに読み書きができた。善良なアメリカ人に出会いのちに英語の達人になる。

これは吉村昭の『アメリカ彦蔵』という伝記小説に詳しく書いてある。この分厚い新潮文庫はもう読んだと思っていたが、先週から今週にかけて目を通すと、まったく読んでないことを知った。けさ腰が痛いので、本棚の隅に押し込んである痛み止めの貼り薬をとりだそうとしたら、以前に買っていたらしい『アメリカ彦蔵』が薬のわきにあった。買っただけでもう読んでしまったと思いこんでいたにちがいない。とんだ錯覚であった。

彦蔵が船に乗った嘉永3年は1850年であるから、いまから164年前だ。徳川末期のころだが、日本もアメリカものんびりと平和だった。日本船は沿岸沿いに物資を運ぶ内航船の構造だったから、外海に出て嵐に見舞われると破船して漂流を余儀なくされた。黒潮に流されてロシアへ漂着するケースも多かったが、日本近海でクジラを追っていたアメリカの捕鯨船に助けられる例も少なくなかった。彦蔵の先輩ジョン万次郎はそうだった。

吉村昭は漂流もの、戦記もの、幕末もの、医学ものとあるが、事実にこだわり調べることにかけて新聞記者がかなわないところがある。『戦艦武蔵』を書いてドキュメンタリー作家となるが、武蔵の造船舞台となった長崎へはその後も含めて107回も通っている。下調べと接待要員の編集者などは伴わず、必ず1人である。このことはエッセイ『ひとり旅』に詳述してある。事実を求め歩くその執念には恐るべきものがある。

ぼくが一番好きな作家である。文章は淡々として透明感があり、装飾を可能な限り省いている。同じ事実でも例えば本田靖春の代表作『誘拐』は犯人が生育した社会そのものに光をあてて容赦なく差別や偏見や社会を告発する。吉村は直接的ではなく社会や組織が内包する矛盾をあぶりだす。新聞記者志望者なら、ぼくも嫌いではないがどこかとりとめのない村上春樹よりも、本田靖春と吉村昭の書いたものをすすめる。ぜひ一読されたい。

彦蔵が渡米してから、日本は幕末の動乱、アメリカは南北戦争に大揺れとなる。彦蔵はキリスト教禁制の日本には帰れぬと思い、洗礼を受けてアメリカに帰化する。アメリカで学校に通って勤めもしたから英語はきわめて得意なために、日米に重宝されるが、いかんせん日本語、とくに漢字が不得手ときている。彦蔵が創刊した新聞『海外新聞』の記事を明快な日本語で綴ったのは、のちに東京日日新聞(毎日)の記者になる岸田吟香である。

彦蔵は明治30年に61歳で病没する。墓碑は妻の手で青山の外人墓地に建立された。碑面の上部に英文で彦蔵の墓であることが記され、その下に浄世夫(ジョセフ)彦之墓と刻まれているそうだ。本田靖春や吉村昭にならって、墓がまだあれば新聞のお世話になったぼくは拝みに行かねばならない。ついでだが、吉村本は作文のネタの宝庫である。

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