ペン森通信
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絶滅危惧種で思い出した
うなぎを食べたい。高価だけど食べたい。ぼくはそんなに食べてないのに、ニホンウナギが絶滅危惧種に指定された。稚魚シラスウナギの漁獲量がいちじるしく減少していることは知っていたから、年にほんの数回大事に味わっていたが、ついに絶滅危惧種のうちでも2番目にリスクの高い絶滅危惧1B類に分類された。ワシントン条約で稚魚の輸入が制限された場合、ますます高価な食べ物になる。稚魚は中国、台湾からも輸入している。

以前、何回か足を運んだのは九段宮川だった。客が来てからうなぎを割いて焼くから待たされる。その間、おしんこで日本酒の冷やをちびちびと口にする。「あなたはおしんこが好きだから大盛りにしたの」と女将がいうくらいのなじみではあった。いい心持になったところに重に入ったうな重がくる。その店は住宅街にあって一見わかりにくく、客席はすべて2階の小部屋。中庭から水の音がして昼間から飲むにも、どこかしら風情があった。

九段宮川のうな重はぼく好みのやわらかめのご飯の上に焼いたうなぎが2枚乗っていて、紙をかぶせて蒸気を吸い取り、さらに蓋で覆っている。タレについてはほかのうなぎ店を知らないので語る資格はないが、関東風のやや辛めだったような気がする。その店にもペン森をはじめてから通った記憶はない。女将は20年も前から高齢だった。元気だろうか。ペン森をはじめてからしばしば行ったのは三島広小路のさくら家だ。

そこは週刊新潮で知った。江戸時代からつづく名店である。うなぎを3日間富士山から流れてくる清流の天然水で泳がせて泥を吐かせてから焼く。中央大学で講師をしていたころ、教え子の女子を伴ったことがある。「ずいぶんやわらかいですね。口の中で溶けてしまいそう。こんなおいしいうなぎは人生はじめて」と感嘆しきりだった。人生はじめてと言ったところで22歳である。若いうちからこんな贅沢をさせてはいけないと思ったね。

さくら家は休日ならまず1時間待ちは覚悟しければならない名店。この前、バス旅番組でもレギュラーの徳光和夫らがおいしいおいしいを連発しながら食べていた。日本酒は地酒の冷やが楽しみだったが、いつの間にか新潟の景虎に変わっていた。徳光は大学時代のゼミの1年後輩だが、友人の結婚披露宴の司会をしていたが特別面識はない。「この酒おいしいね」と係の和服女店員に感心していたが、ぼくは前の地酒のほうが好みだ。

景虎を飲ませるうなぎ屋は世田谷の用賀にもある。用賀の店は、景虎の前の日本酒は梅錦だった。その梅錦を生んだ愛媛出身の13期女子と用賀には年に3,4回行ってはうなぎと酒とおしんこを楽しむ。ここのうなぎは器からはみ出すように盛り付けてある。三島さくら家の繊細さにくらべて豪快である。駅から至近距離で急行は停車しないが神保町からも便利だ。絶滅危惧種に指定されたことで、用賀の店と13期女子を連想した。

さらにうなぎで思いだすのは子ども時代すごした宮崎の田舎のことだ。もらいものの生きたうなぎをおやじが錐であたまと首の境目を刺し、くねくねと悶えるうなぎを包丁で裂いていった。味は憶えていないがその様子はよく憶えている。古いことがよみがえるのは老齢の証か。

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