ペン森通信
使い捨て若者、貧者、女性に光を
 朝日の論壇時評(4月24日)で作家/明治学院大教授が「市場原理の浸透  ブラック化する、この国」という見出しの下で論考の紹介の前につぎのようなつかみを披露する。定年を待たずに辞める同僚が卒業式でこんな挨拶をした。「卒業おめでとうとはいえません。ら、あなたたちは、これから向かう社会で、あなたたちを、使い捨てできる便利な駒としか考えない者たちに数多く出会うからです(略)」と。

 ペン森の卒業生はマスコミ業界だけでも400人にのぼる。ペン森も卒業式があるがぼくも高橋の同僚と同じくおめでとうとはいえない感じをもつことがある。マスコミはどこでも世の中に生起した事象を後追いするという責任上、ブラック的な要素をもっているものだが、この数年増加した女性たち、とくに記者は子どもができると子育てと仕事のはざまでもがき苦しむ。一刻も早く帰宅したいのに午前1時2時まで働かされる。

 敗戦後の日本社会は男社会だった。男の論理や倫理観がまだ根強く残っている。マスコミのなかには女性までが男論理に染まって、後輩の幼子をもつママに嫌みをいうひともいる。ママは幼子の面倒をみたいからといって早退もできない。早く帰ると残りの人数でその分を負担しなければならない。気のいいママは気がねしてしまい、わが子に触れる機会を少なくせざるをえない。悩めるペン森卒業生ママから相談をうけるがどうしようもない。

 以前は働く男性の収入で一家を支えることができた。いまは男性の収入だけでは生活できない。夫婦とも働きの時代である。大学生ともなればアルバイトで収入を増やさねばがく学生生活を送れない。高橋がひとつのエピソードを示す。話者は学生たちの様子を見守ってきた一教員。「ゼミの合宿やコンパを実施することがこの数年間とても難しくなっています。学生にアルバイトの予約が入っているからです」

 学生たち働かざるをえなくなったからだ、と高橋は断じる。仕送り額が、1996年度から2012年度への16年間で3割以上激減しているからである。新自由主義の下であらゆるものが市場原理にさらされ、学生たちは取り換えのきく駒の予備軍となっていった。高橋の「ブラック化する、この国」の左スペースは批評家、濱野智史がコラム「政治家の妄言と『世界』喪失」。世界の喪失というところにいくまで妄言論がおもしろい。

 安倍首相が観桜会で詠んだ「給料の 上がりし春は 八重桜」を鋭く斬る。「この首相の句がまずいのは、日本人の大半が正規雇用者であり、春闘を通じて給料が上がったと考えているようにしか見えないことだ」この句を見たら、例えば非正規雇用の立場にある多くの人がどう思うのか、どうやら全く視野に入っていないのである。高橋の論考中に「中途退学や不登校の生徒が貧困層に集中してあらわれている」というくだりがある。

 19期生に貧困や不遇な女性に強烈な問題意識をもつ33歳の男子がいる。社会変革の必要性をあまりにもストレートに力説するものだから、選考側はちょっと辟易したかもしれない。かれは荷役労働をして、役者をめざして苦悶してきたが30歳近くになって、大学に入る。かれの問題意識は過去の体験に根ざしているのだ。いい記者になるだろうに全敗した。惜しい。

 

 
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