ペン森通信
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袴田事件と小保方STAP疑惑
 えん罪の疑いのある事件として袴田事件のことはだいぶ前から知っていたが、といってなにをすることもなく傍観して、やがて忘れ果てていた。それがきのうの裁判で静岡地裁は証拠捏造の疑いありとまで踏み切り、逮捕から48年近く身柄を拘束していた袴田死刑囚を東京拘置所から釈放した。弁護側、検察側が依頼したDNA鑑定と証拠開示のおかげだ。新聞から袴田巌死刑囚の死刑囚が消え、マスコミは袴田巌さんと表記しはじめた。

 袴田事件が起きたのは1966年6月である。ぼくが新聞記者になって5年目をむかえたころである。そのときばくは東京の社会部員になっていたが、当時は警察に逮捕された段階でもう呼びすてであった。「・・・の疑いで逮捕した」という表現ではなく、いきなり「強盗罪で逮捕した」とずばり警察の発表どおり単刀直入に罪名をあげて、容疑者を呼びすてた。いまのように「・・・の容疑で」という人権に配慮した表現はしなかった。

 裁判所に証拠捏造とまで決めつけられ、「捏造する必要と能力を有するのは捜査機関のほかにない」と指摘された以上、静岡県警は直ちに検証すべきだろう。「捏造する必要」とはどういうことか。捜査機関たる警察が自らに都合のよいでっちあげをした、ということだ。それは推測すれば取り調べ段階における自白の強要と、検察が犯行当時の着衣のパジャマとしていたものを公判開始後に発見された5点の衣類に変更したことの2点である。

 当時、ぼくが静岡支局に赴任していて警察司法担当であったなら、おそらく警察の言い分を鵜呑みにしていたであろう。各社の静岡支局でこの事件を書いた記者はまだ生存しているはずだ。口をつぐんで黙りつづけるか、釈放された自由な個人をいまだ犯人と信じているかである。記者がなんの疑いもなく信じるくらい、警察と記者は親密友好な関係にあった。地域の人たちは釈放された自由人をはたして友好に受け入れるであろうか。

 そのような心配をするのは人間の思い込みの強さは水を流すようには消えないということだ。足利事件の解放された自由人をいまだに真犯人と主張する捜査員がいるのは、捜査の過程で生まれた思い込みが固定観念になっているからだろう。じつは袴田事件の捜査当局による証拠捏造を小保方晴子STAP細胞スキャンダルに結びつけたひとも多かったのではと思う。ぼくは、博士論文もSTAP論文も捏造では、と疑っているのだ。

理化学研究所、ハーバード大学、論文採用が厳しい世界の権威たる専門雑誌『ネイチャー』に間違いはないという権威への信頼を毛ほども疑わなかった。ましてや、あんなかわいいかっぽう着のリケジョが嘘を言うはずがないという幻想も重なった。各マスコミもそうだったにちがいない。それにしても小保方晴子はかわいすぎる。マスコミは早稲田出身者が多いから、よけいにバイアスがかかっただろう。権威と女にだまされるな、だ。

これで袴田自由人は無罪が確定したわけではない。東京高裁でふたたび審理される。検察側が参りました。裁判長のおっしゃるとおりです、と頭を下げたのではなく、つぎの舞台へ問題を持ち込むからだ。ぼくは東京高裁で検察は無罪を主張するかもしれない、と思っている。するとその時点で一件落着。権威、捜査当局、思い込み、女はこわい。

 
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