ペン森通信
遠くの親類よりも近くの他人
 大雪の残り雪は都心ではほとんど消えたが、ぼくが住んでいる郊外の多摩地域では道路わきにまだだいぶ積み上げてある。降雪のあった日の翌日の9日日曜日、ぼくの町内は朝から大人たちが路上で雪かきをはじめた。普段は生活臭のしない幽霊屋敷みたいな筋向いの屋根に上がって老人が雪を下ろしていた。この老人はいつも午前10時ごろ施設の車が迎えにきている。細君に先立たれて1人暮らし。2階の窓から1階の屋根にでたたらしい。

 雪かき用のスコップを屋根の雪に差し込んで下におろしている。おそらく30センチ近い厚みがある雪だから、差し込んだスコップも容易に動かせない様子である。屋根の勾配に足を踏ん張って悪戦苦闘の感じだ。顔を近距離からじかに見たこともないが、体の不自由な近所の老人かと思っていた。屋根に踏ん張る足腰はぼくより強いようだ。なぜ、屋根にでたのだろうとふしぎだったが、たぶん雪国の生まれで大雪をみて興奮したのだろう。

屋根から落ちたらすぐ近くの消防署に119番しようと考えたが、そのまま都知事選の投票ついでの買い物にでかけた。5,60メートル長靴で歩いていると、最近新築の家に引っ越してきた若い夫婦の夫が路上の雪を脇に寄せながら愛想よくあいさつをするが、細君はむすっとしている。大して美人でもないから、不機嫌な表情をすればよけいにブスに見える。この愛想のいい夫はほかにも妻にする女を選べただろうにと気の毒になる。

ほかの家でもまずは自宅の玄関に通じる降雪をどけて通路を確保する作業をすませて、そのあとよその家の前まで奉仕しはじめたらしい。うちの町内も結構、共同体意識はあるというのが大雪に伴う発見だった。ぼくはほんの少しだけ雪をかいただけだったが、普段女房が悪口を言っているおじさんが張り切って他人の家の前でスコップを振るっている。人家のない公園の外周路もだれかが雪をどけ歩きやすくしてくれていたのには感激した。

大きな変化があると、その共同体のなにかが変わるというか、共同体の本質が表れるというか、隠れていた町内の姿を見た。まったく隣近所交流がなかったのに、これをきっかけにあいさつをするようになる。あるいは災害時の隣近所の助け合いという現象も非日常の天変地異によって形成されるのかもしれない。遠くの親類より近くの他人、とはよく言ったものだ。たしかになにかことがあったときに頼りになるのは近所の人である。

多摩地方は都心よりも2,3度は気温が低い。町内ではゴミ収集のトラックが通れるくらい道路の中央は雪がどけてある。駐車場につくられたかまくらも今朝はまだ健在だった。子どもが中に入ってままごと遊びでもしているときに崩壊しなければいいが、と思いながら通りすぎたが、年寄りが多く子どもの少ない町内だから、おとなだけがはしゃいでいた大雪だった、と気づいた。ままごとなんていまの子どもはやるのだろうか。

きょう11日は北風が強く冷える。あまりなじみのない建国記念の日という祝日だが、ペン森は土日だけ休むので開けて営業している。集英社のESがあした締め切りなので、出版志望者が何人かくるだろう。自分も忙しいのに封筒のあて名書きを分担したり、昔は大雪時のぼくの町内みたいに互助精神が豊かだった、と改めて思う。
 
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