ペン森通信
『秋刀魚の味』の年齢を超えて
 右の腰が痛い。ゴルフをしていた25年前、後半の16,17,18コースあたりから痛みを感じた部分にぶり返しがあるのかもしれない。ゴルフのときはやがて沈静したので、今回もそうであってほしい。おそらく土日、朝昼晩と後片づけの流し台に立つためか、不自然な姿勢で座り机の上のパソコンでDVDをみるせいではあるまいかと思う。流し台はすこし背が低い。座り机は逆に背が高く、座布団2枚を重ねているが右足を投げ出して座る。

 だから日曜日の夜はいつも左の腰が痛い。おとといはとくにひどかった。これはあきらかにDVDを3本みたからであろう。最近凝っている日活ポルノはたいてい早送りですますが、おとといは1本だけ名画をじっくり鑑賞した。小津安二郎の『秋刀魚の味』である。なぜこのような題名にしたのか見当もつかないが、ぼくは小津作品のなかではこれが一番好きだ。前にみたのがいつだったか、忘れるくらい前にみて筋書きはおぼろに憶えている。

 1962年の作品だから、ぼくが記者になった年だ。画面にでてくる団地、車、服装ファッションや街の風景と自分の往時とが重なって感傷的になっている状態に映画の中身がじんわりと複合した。中学を出て40年、旧友3人組が相集って日本酒を自分で注いで飲んでいる。そのうちの1人が若い娘みたいな嫁さんをもらっていることでからかわれる。「おい薬を使っているんだろ」と盛り上がる座談などはペン森下ネタ談議と変わらない。

昔の恩師、古文の先生を招いて一献傾けるが、この先生は嫁に行きそびれた娘と2人暮らし。「ぼくが便利に使いすぎたせいなんです」と嘆く。先生が「孤独です。ひとりぼっちです」と悲嘆にくれるあたりから、この映画のテーマが俄然顔をだしてくる。主人公にも娘がいて、弟と父親たる自分の身の回りを見てくれている。このままいったら、主人公も先生のようになる、と旧友たちも言う。娘には縁談が持ちかけられていて、嫁に行く。

老人の孤独は無縁社会の現代、ますますひどくなっている。小津は『東京物語』でも家族の縁と喪失を描いたが、『秋刀魚の味』には頻繁に団地の風景が出てきて、核家族の出現を暗示する。団地という集合住宅は都市に集中する労働力のための住宅だ。新しく登場した電気掃除機、冷蔵庫といった電化製品がようやく出回りはじめた1962年のころである。こうして日本は坂道を登りつめ、いま下り坂をどう下りようかと戸惑っている段階だ。

 ぼくは毎日上等?の焼酎お湯割りを愛飲しているが、『秋刀魚の味』にでてくるのは、銘柄不明の日本酒、サントリーの安いウィスキートリス、当時あこがれだったジョニ赤。出演者の初老のおじさんたちはよく飲むが、病気の話をいっさいしないのが現代とは大いに異なる。若い連中が「これはカラダにいい」などと気にしだしたのは80年をすぎてからだと思う。平均寿命が伸びるにつけ、清潔病が当然になり、賞味期限神話も定着した。

 腰を痛めると、ぼくは非常に困る。ローカル線利用は、椅子が固く尻と腰に響く。始発から終点まで乗る身にとっては、これがとりわけこたえる。8月長崎への旅を計画しているが北陸本線→山陰本線→鹿児島本線→長崎本線と各駅停車や急行を乗り継ぐのは無理かも。介護優しき女子でも同行してくれればいいけどね。

 

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