ペン森通信
日本社会も”個”が足りない
ザックジャパンの本田圭佑が「日本チームに足りないものは“個”だと思う」と言った。「チームワークは日本人だから自然に備わっている」という前提に立ったうえでの“個”である。要するに選手は自分の持ち味をだれにも遠慮することなくもっと発揮しろ、ということだろうが、このコメントはじつに意味深い。日本人は“和”の精神を大切にする国民性をもっている。第一、本田ほど自己主張が強かったら会社では有用されない。

 実力はあっても人間的にね、と評価されて社内のチームワークを乱す存在だとみられ、出世はむずかしい。日本社会では「おれが、おれが」と主張するタイプの出る杭は打たれるのである。農耕定着民族は狩猟民族とちがい、伝統的に一定の価値観の枠内で協力し合って共同で作業し、抜け駆けをすると村八分という、いじめに遭う。そのようないじめは村落共同体に根強くあったが、それは現代、学校共同体に引き継がれているようだ。

 小学校の運動会の50メートル走でみんな仲良くお手手つないでゴールイン、というばかばかしい平等主義が横行したことがあった。その経験をしたペン森生が小学生のときアメリカンスクールに転校したら、親も子もおれがおれがの競争心むきだしで思わずひいたという。われがちに獲物を獲り、原住民を銃で殺して開拓していったアメリカ人と日本人とは成りたちがちがう。銃の放棄は自己否定につながるから規制できないのがアメリカだ。

 昔の西部劇、たとえば『西部の男』をみると、アメリカ人はなんと野蛮な気質をもっているかと思う。日本人が概しておとなしいのは、ものいわずとも言おうとするところがわかる阿吽の呼吸があるからだろうが、最近は、男は黙ってではなにも通じないとぼくも妻からよく指摘される。それだけ仲間内だけの共同体は崩壊したということだろうし、世代間の感覚や意識の差も生じている。欧米人や欧米文化の流入も目を見張るばかりだ。

 50年前のぼくの大学時代に比べても外国人の数は飛躍的に増加している。逆に外国に行く日本人も多くなった。サッカーの日本代表チームだって、本田や香川や長友をはじめ主力選手は西欧チームの所属だ。サッカ―にかぎらず企業の進出や工場の展開も人材も世界的な交流が日常的になってきた。こういった流れのなかで、日本から抜け出せないままだと「ガラパゴス化」と悪口を言われる。しかし日本人的なものは容易に変化しない。

ペン森生も地方で長期間農業体験をしたりするが、最初はなかなか地域に受け入れられてもらえない。作文で自分たちはよそ者扱いされると嘆いている。日本にはまだまだよそ者警戒論があるようだ。早い話、採用試験の面接でも本田選手の言う“個”は異物扱いされるのがオチだ。それよりも協調性である。あくまでもチームワークに比重がかかっている。“個”が重視されるとすれば、みんなに好感がもたれる感じのいいタイプだ。

明るく万人に与える印象が感じのよい“個”が採用試験では有利である。本田のような煙たがられるのは上も下も歓迎しない。長友、長谷部、香川は内定組。日本企業は新卒一括採用にいつまでもこだわっていては「ガラパゴス化」の泥沼に陥る。多様な“個”を許容しなければ世界に伍していけなくなるばかりか、若者も納得しないだろう。



 


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