ペン森通信
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老いて果たせぬ夢あり
 まったく夢のようにGWは過ぎ去った。なにをしたかというと、CDが聴けるラジオを2980円で買って、元ちとせと女子12楽坊のCDを聴いただけ。元ちとせは昨年奄美大島で求めたものだが、女子12楽坊はどこで仕入れたものかとんと記憶にない。それが本棚にあったのだ。車を運転していたときはちあきなおみと谷村新司のテープを聴きながらハンドルを握っていたはずだが、あるいはその車はCDも流せたのだろうか。

 どうやらCD機能つきの車だったらしい。その証拠に日本歌曲の演奏曲は美空ヒバリの歌で耳になじんだものだ。女子12楽坊も盛んに聴いていたと思われるが、そのへんの憶えはあまりない。女子12楽坊がいまどうしているのか、解散したのか、メンバーを入れ替えて中国で健在なのか。ぼくのCDは彼女たちが紅白にでた初期のメンバーによる演奏のように感じる。静かな水面をさやかに渡る5月の風のような演奏はそのままだ。

 夢のように過ぎたGWと同じように人生も過ぎてゆくのだろうと思う。人間はだれしも生命を得たときから死に向かっているが、そのことを日常意識することはない。ところがGWのように家にいることが多いと、ついつい過去を追憶してしまい、昔の思い出と亡くなったひとの多さに自分の未来をかぶせて考え込んでしまう。昨夜はテレビがなにかの都合でみることができなかったので、時間をもてあましてつい追憶にひたってしまった。

 田舎の道を歩いていると、まるで人っ気はないのにテレビの音だけが風に乗って届いててくることがある。ぼくはテレビがいかに高齢者を慰めているかを深く思ったことはなかったが、テレビがなければ孤独に耐えられない老人もさぞかし多いと察する。NHKはよく地方向けの番組を流すが、国民のNHKのこれはひと助けだ。仮に民放だけがあってNHKがなかった場合、はたして日本は世界一級の長寿国になっただろうか。

 テレビと日本人の長寿との関係を調べた学者はいないのだろうか。テレビに話しかける独居老人がいるときいたことがある。観なくてもただ点けているだけでいい、という話はよく聞くところだ。NHKはNHKスペシャルにはいつも脱帽だが、火曜日ゴールデンの歌謡曲番組ももしかして大変な効用があるのかもしれない。歌謡曲だけのこの番組は当然、田舎向けだ。若いペン森生はこれに聴きほれる様子は全然なく無関心である。

 歌謡曲や唱歌で育ったのはぼくら高齢者世代であって、若者はもっと異なるジャンルの音楽を聴いている。いっしょに旅をする孫娘は列車の中でずっとレシーバーを耳に当て音楽を聴いている。どんな音楽かは知らない。歌は世につれ世は歌につれ、という言葉は現代に通じるのだろうか。女子12楽坊をすらいまの若い世代は知っていない。それほど世の流れは急だ。なにごともあっという間に陳腐化し、過去のものになる。

 辞世の書を読むと人生は夢のようだった、と振り返るひとが多い。ぼくも夢のようだった、と過去をしのぶ年齢だが、まだはたしてない夢がある。第一、新装なった東京駅や渋谷もしっかり見てない。東京駅や渋谷で女子とデートをしてみたいね。
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