ペン森通信
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得意芸を阿波踊り風味に
お座敷の日本酒宴会が盛り上がると、芸達者が率先して持ち芸を披露する光景もほとんど見られなくなった。新聞社では全舷と称する部ごとの1泊旅行が恒例だったが、それもなくなったようだ。団体宴会が苦手な若い部員がふえたこと、女子部員が多くなったこと、家族サービス優先の部員が家族の反対で参加しなくなったことなどが理由だろう。社会部宴会には血の気の多い部員や犬猿の仲の部員のけんか・暴力沙汰も付きものだった。

 足の便のいい近場の熱海温泉などが行き先だったように思うが、なにしろ到着したときには、もう酔いつぶれていた記者も少なくなかった。旅館に着くなり、風呂、宴会とつづきマージャン、酒、バクチ(おいちょかぶ)になだれこむ。酒好きは出発時から夜通し飲みつづけ、その間に乱暴狼藉があったのである。障子やふすまが破れたり廊下に投げ出されたり、旅館からもう二度と来てくれるな、と塩をまかれそうな状態も珍しくなかった。

 いつ果てるともない宴会場の舞台ではマイクをもった記者が歌いつづけ、女に手の早い奴は空き部屋で仲居とヤッていたらしい。ぼくは酒とバクチのみ。ぼくがいた当時の社会部員は120人で、100人ぐらいのつわものが参加したから壮観だった。4、50年前のよき時代を経て、現在の部員は80人くらいという。いまは各人仕事を抱えて多忙をきわめるから、みんなそろって親睦する?という建て前の宴会旅行どころではないだろう。

 急に古い宴会を思い出したのは、四国へ行って徳島で阿波踊り会館というところで阿波踊りをみて連想したからである。阿波踊りは右足をだせば右手をだし、いう具合いに手と足を左右交互に動かせる通常の歩行スタイルとは異なる。この阿波踊りスタイルをぼくは持ち芸にしようと昨夜自宅に着いた際、姿見の鏡の前でやってみたのである。これがなかなかむずかしい。「右足右手」「左足左手」と声をかけながら鏡を見るがうまくいかない。

 ぼくはおちょちょ踊りを持ち芸にしていて、仲間内の小グループの飲み会ではよく披露していた。ちょうちょは蝶のことで、ひらひらと舞っているこいつを踊りながら手で捕まえようとする動作をして、ついに捕まえ埋葬したあと自分もひっくりかえって昇天するという芸。蝶は止まっては飛び、はげ頭に止まっては滑ってまた飛ぶ、という変化を取り入れて踊る。新人記者のころ1年上の東京新聞の記者に教わったのではないかと記憶する。

 このおちょちょ踊りを阿波踊りのスタイルでやってみようかと思いついた。徳島の阿波踊り会館では観客も前へ出て踊りませんかとプロの踊り手に勧められた。ぼくはでていこうかとむずむずしたのだが、いかんせん左足を引きずって歩く70代である。ゆっくり踊る分にはなんとかなりそうだが、2分の1拍子のテンポが速くなるととてもついていけそうもないから涙を飲んだ。でもうちで阿波踊りのおちょちょ踊りを練習してしてみよう。

 ぼくは意外に体が柔らかい。若いころ、うしろに反ると手のひらが地面について、そのまま歩けた。腹に幼いわが子を乗せて部屋を歩いたものだ。阿波踊り風味のおちょちょ踊りに反り身風味も加味してみようかと思う。そうすると独自の味が出せる。じつはこれで歩行困難者にリハビリ効果があるのでは、と期待しているのだ。

 
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