ペン森通信
スキップするわくわく老齢
 8・9・10と2泊3日で18期生の合宿を八王子セミナーハウスで実施、先輩多数が来て面接官やESチェックをしてくれた。来てくれたのは超先輩1、6期生1、7期生2、10期生1、17期生(内定者)6と合計11人。合宿で大勢の先輩が面倒を見てくれるようになったのは、場所が山梨・塩山や伊豆から八王子という交通至便な近場に変わってからだ。17期生以外、第一線で活躍しているから、仕事の合間をぬって駆けつけてくれたのである。

 前にも書いた記憶があるが、ひととひとの出会いほど人生のふしぎはない、という。合宿で若者たちの顔をみていたら、この連中の95%はおれという存在がなかったら、生涯出会うこともなかったのだ、と感慨深いものがあった。宮崎県の国有林のなかで生まれて、鹿児島市にある高校に通い、東京の私立大学から全国紙の新聞記者になり、結婚して子ども2人に恵まれ、転職し、若いジャーナリスト志望者の面倒をみながらぼくは年老いた。

 もちろん通行人のように目の前を通りすぎただけの若者も少なくない。若者と付き合いはじめたのは、70年代のはじめ、若者が熱気にあふれながらも挫折感を味わいその余熱が冷めきってないころ、社会部の世相と若者担当の遊軍記者をしていて、慶応の大学院生から学内紙の取材を受け、彼が弟子になったのがきっかけだ。彼のアルバイト仲間の早稲田の学生がこぞって近づいてきて、彼らの作文の添削をはじめたのが、36,7年前である。

冒頭部分に超先輩と記しているのはその当時の早稲田の1人である。ぼくがまだ30代で熱量が多くエネルギーに満ちていたころ出会った。これも口ぐせだが、人生の構成要素は「男と女と出会いと別れ」である。老齢になるにしたがい出会いの機会は減少してくるがぼくは毎年、新しい若者と知り合いになる。これまで中央大学、日本大学、川村学園の短大と4大で講座を持ってきたが、長続きするのはやはり飲食を共にするペン森生だ。

大学は建て前で持っている社会だから、ホンネの個性を殺さねばならない。その点、ペン森はゆるい。治外法権的なところがあって、行為は束縛されても、発言は自由闊達で制約がなく、多少行きすぎても許される。ところが大学は発言も拘束される。残念ながら、今年はどういうかわいい子と会えるだろうか、とわくわくした心境にはまったくならない。ペン森生とははじめから親密の度合いが異なる。ペン森は毎年わくわく感を味わえる。

ペン森は人間関係が濃厚だ。その濃さに耐えられない若者もいるだろう。よくアットホームな雰囲気ですね、というひとがいるが、それは酒つきの談笑が外見上そう見えるだけかもと思う。ぼくは若者が高齢者になったとき、彼らの血脈的な友情関係がどのように持続しているか興味がある。「就活も婚活もお世話になった」と礼をいうペンラブを経た夫婦も何組か誕生した。会うは別れのはじめ、ではあるが、別れる夫婦はいないだろう。

いつもは左足を引きずって帰宅するのに、ゆうべはスキップするように軽く歩けた。最近にない現象だ。合宿で若者に親しく先輩が接するのをみて、血流が躍動した成果だろう。今度は採用試験直前に作文の特訓をやる。それが終わったらぼくは近しい若い娘と2泊3日の旅だ。なんとわくわくする老齢なのだろうか。

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