ペン森通信
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死の間際になにを考えるか
昨日火曜日はこのブログの更新日である。そのことをすっかり失念していて、夜になってなにかを忘れているような感覚がわいてきて、ようやく気づくありさま。ボケではあるまいと思うが、確信はもてない。一昨日、認知症防止団体のそれなりの地位にある後輩に会ったら、まだ大丈夫ですよ、と太鼓判を押してくれた。深刻な心配はしてない。でもいまや同じ年齢に達した昔の仲間に会うと、あれあのひと、と実名抜きで会話が成立する。

ぼくは若いときから酔うと、即時に対応できずに友人の名前さえとっさにでてこないことがあった。パーティーでいままで話していた友人を紹介しようとしたら、名前がでてこない。「あ、こいつは親友」と名前を言わずに紹介してしまった。紹介されたほうも親友をなんと呼んでいいのか参っただろう。かれはあいまいな表情のまま親友と会話していた。ぼくが親友の名前が急に口をついて出たのは、電車に乗ってうちに帰ってからだ。

 年をとるということは目の前に経験したことを忘れ、遠くにすぎ去った古い記憶をきのうのことのようによみがえさせることができると聞いている。よく走馬灯のように頭をよぎった、と死の間際にもらすと小説にある。若いひとも頭に再現したことを走馬灯のように浮かんだと、作文に常套句のように使うが、だいたい村の祭りがなくなってきたのだから、走馬灯そのものの存在を若いひとが知っているわけがない。それでもよく使う。

 ぼくが小さいときは村の祭りには必ず、まん中の豆電球?の照明に周囲の紙に描いた極彩色の絵を浮かびあがらせる「まわりとうろう」が柱などにぐるりと繋がれていた。もしかして死に際にいたったら、ぼくの脳裏にも古い古い村の祭りが浮かんでぐるぐるまわってくるのだろうか。いまはこうして無理矢理思い出さねば絵のイメージもうかばないが、死の間際には休眠中の記憶がひとつひとつ目覚めるのだろうか。

死は悪い記憶や不都合な記憶を削いで、混ざりけのない純なものにする作用があるのかもしれない。死の間際まで悪夢にうなされるのはたまらない気がする。ぼくは大して不行跡なことはしてないが、しかし自慢できるような道徳的な過去でもない。ひとの命を左右するほど責任ある立場の、たとえば政治家や経営者や医師や官僚は自覚があれば不眠に悩まされるはずだ。死んでからも悪夢がつきまとい、死んだ気がしないのではないか。

生まれたての子はみんな純で善良だ。それなのに育つにつれ、不純物が混合してきて、その量が多くなってくる。子ども時代の村祭りのころはぼくもまだ十分に純だった。長ずるに従い、出世、性欲、カネ、物欲などが肥大化してきた。酒欲は若いころからコントロール不能だが、できれば死の間際まで性欲に苦悶してみたい、と思う。ほかの欲望はいらないから、少年時代のような性の目覚めに懊悩してみたいという欲望は尽きない。

ぼくは小学1年時に病をえて死の世界に片足を突っ込んだ。その際、死ぬときにどのような思いが去来したのだろうか。まだ欲望もなく、生きてきた蓄積もなく、酒の味も知らず、女子も知らず、それこそ不純物のない純な子どもだっただろう。74年生きてくれば、船底に貝が付着するようになにかが付着する。それを取り払おうとしてバランスをとろうとするのが、死に際しての走馬灯かもしれない。

 

 

 


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