ペン森通信
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島唄は奄美の集落文化の象徴
 飛行機嫌いのぼくでも奄美大島へ行くには飛行機に乗らないわけにはいかない。飛行機にペン森の男女各2人ずつの4人とぼくの5人で搭乗して鹿児島の先の島、沖縄に近い奄美大島へ3泊4日の旅をしてきた。奄美には7期生の朝日記者が赴任している。奄美に行くというより、かれに会うのが主たる目的だった。かれは赴任2年足らずのあいだに奄美にすっかり魅せられ、濃密な人間関係で結ばれている島の人に自然に溶け込んでいた。

 元ちとせが高2で歌った島唄のCDを仕入れた。ぜひ里アンナの島唄CDも買いたいと思ったが、CDプレーヤーを持ってないことにきづいた。だいぶ前だが部屋を暗くして般若心経を流していると、家人が近所迷惑だと気味悪がった。CDも処分したような気がする。ちとせもアンナも奄美の代表的な唄者(うたしゃ)であるが、島ごとに歌唱法は異なるという。ぼくにはその違いはわからない。島とはそれぞれ隔てられた集落のことだ。

 これも奄美在住7期朝日記者の受け売りだが、奄美はほとんどが山地で、山と山のすきまに集落が点在している。集落と集落の間は毒蛇ハブなどがいて亜熱帯植物が密生する危険な山間地の陸路よりも船で連絡をとっていた。集落はすなわち船で行く島だったのである。その互いに隔てられ独立していた集落に独自の文化が育まれて、島唄という民謡が生まれ歌い継がれてきた。沖縄の島唄とちがって、歌唱は裏声を多用するのが特徴だ。

 もちろん、集落(島)ごとに島唄は言葉や唄の調子の微妙の違いがあるそうだが、ぼくら内地の者には歌詞の基本になっている「しまくち」(奄美方言)が理解不能だから、意味はわからない。朝日記者がさっそく名瀬にある郷土料理の店「かずみ」に連れていくと、三線(三味線)を弾いて歌っていた唄者おじさんが、かれに歌うように突然促す。かれは一瞬、たじろいだが意を決して歌いはじめた。素人くさいものの裏声もよく透る唄者だ。

 この店の名「かずみ」は店主の西和美からとったもので、和美さんは奄美大島では知らないひとがいないほど名だたる唄者らしい。地元新聞社主催の島唄大会で大賞を獲得したことがある。本人はぼくと同じく脳梗塞を患いぼく同様、完全な復調はできず店にどっしりと控え、娘さんがかいがいしく客の世話をしている。やがて三線をつま弾くおじさんに乗せられて、同行のペン森生ともども小さな太鼓を叩いて、ぼくらも島唄に合わせた。

 朝日記者は3日間にわたって夜、店を案内してくれた。行く店行く店ごとに、知り合いから声をかけられ、すっかり島の人たちに同化していた。島唄を習いはじめて1年という。島唄はみんなで寄りあって歌い、そこで共同体の心を通い合わせる効果もあるとみたが、島唄仲間はかれを自然に受け入れ、かれは共同体の一員だった。ペン森生は感服するばかりで、しきりにその愛され方に驚嘆していた。「自分もこんな記者になりたい」と。

 元ちとせの島唄をレンタカーのなかで聴いていると、哀調を帯びた裏声の旋律が眠気を誘う。元ちとせは結婚して子どもを産んで声変わりした、と唄者のひとりが言っていた。
里アンナもポップス歌手に転じた。集落がトンネルでつながれ往来が自由になって、隔絶されていた独自文化の独自性が次第に薄まるにつけ、島唄という民謡はさらに変化していくのだろう。奄美の黒糖焼酎は少女時代に歌った元や里の島唄のように伸びやかに甘い。
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