ペン森通信
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ぼくも反原発派です。
 鶴岡に行って来た。レンタカーで東北道、山形道と長駆してはいったのははじめて。帰りはいつもの夕日街道国道7号線を南下した。鶴岡は藤沢周平記念館を訪れたかったからだが、ペン森同好の4人といっしょに行った。『義民が駆ける』の企画展をやっていた。老中水野忠邦が庄内藩の転封を決めるが、庄内藩の農民は決死の反対に立ちあがる。10万人集会も開かれ、江戸の将軍も変わり、ついに転封策は撤回された。庶民の力は大きい。

 10万人の反対集会でぼくは金曜日の原発反対デモを連想した。デモを官邸も無視できなくなり、反対側の代表者と野田総理が話し合いの場をもったが、どうもこれはガス抜きくさい。政府は2030年に原発を「ゼロ」「15%」「20~25%」の3案を示して国民を15%案に導こうとしたが、この目論見は敗れた。どうやら「ゼロ」が圧倒的な声でもはや無視できなくなったようだ。これで脱原発の流れはきまったかのような感じだ。

 ぼくはしばらく前まで、新稼働はおこなわず、現在稼働中と定期検査の原発を徐々に廃炉にして段階的にゼロにする、という考えだった。ドイツは2022年12月31日をもって、原発を全廃するが、これに近い考えに立っていた。いまはただちにゼロである。去年、そして今夏の猛暑をしのいだ、という実績からすれば原発なしでも、生活の破綻はなかった、と声を大にしたい。ただちに原発全廃でもそんなに支障はないだろう。

 そうすれば、化石燃料の輸入分のコスト増とCO2排出によって地球環境の汚染につながるだけでなく、電気料金のアップが企業の海外移転を招く、という脅しがくるにちがいない。だがいま直ちにゼロにしたところで、原発は清く正しくはないのだ。国内50基の原発のうち稼働しているのは大飯原発の3,4号機だけだが、他の停止中の原発も人類が経験したことのない難問を抱える。使用済み核燃料、つまり核のゴミの処分問題がある。

 核のゴミは中のものが外に漏れないようにしっかり防護して地中深くに埋める方法がとられるだろうが、これは30万年後にやっと放射性物質を出さなくなるという。なんという罪深いものを現人類は後世の子孫に残すのだろうか。3年や30年や300年ではないよ、30万年だ。もうこれだけで原発の恐ろしさを感得するひとも多い。福島県の故郷を追われた原発難民十数万人のことを思うと、とても再稼働なんて言えないはずだ。

 朝日新聞の世論調査がきょうの朝刊に出ていた。最も多かった不安は「原発事故が起きたときの放射能の影響」だった。放射能は目に見えない恐怖である。何年後にその影響が体に現れるかわからない。ぼくは人間のエネルギーコントロールは化石燃料までだったと思う。原発で高レベルの放射性廃棄物が出ることははじめからわかっていた。人類の英知はこれに対処できるはずだと期待したが、原子力は人類が扱えるものではなかったのだ。

 原発問題でややはっきり見えてきたのは、経済市場主義的価値観に対する反発である。政府の討論型意見聴取会での電力会社社員の放射能による死亡なし発言がヤジに包まれたのもそれを示す。さて、ぼくは再生可能エネルギー推進の立場をとる。斎藤貴男が『東京電力研究 排除の系譜』(講談社)を出したそうだ。読まねば。

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