ペン森通信
サッカーを語りはじめたおばさん
 ロンドン五輪ももう終盤。リハビリ治療でマッサージをうけているとき、カーテンで仕切られた隣のベッドで客のおばさんと女マッサージ師が話していた。「なでしこは惜しかったですねえ」「ずっと起きていてご覧になったのですか」「いえ、わざわざ起きたんです」「最後に1点入れてよかったですねえ」「アメリカチームは体格がいいですね」「日本人はオリンピックで見ると子どもみたい」「日本人はちっちゃいですね」

 こういっちゃなんだが、おばさんがサッカーの話で盛り上がるなんて、やはりテレビの影響はすごい。生で見たことはなく、まちがいなくテレビをみてサッカーファンになったのだ。いや、単になでしこファンなのかもしれない。なでしこの選手のなかにはついこの間まで、コンビニかスーパーのキャッシャーをしていた選手もいる。アッという間に偶像化されて本人もびっくりしていることだろう。なにしろおばさんにまで人気が浸透した。

 ぼくがサッカーを目の前で見たのは高校3年のときだった。級友にサッカー部のFWがいたからだ。試合があると必ず応援に行った。たいてい、ぼく1人がサイドラインの外に立って、声はださず、ただ馬鹿みたいに突っ立っていただけなのだが。ぼくの高校のチームはもっぱらサイド攻撃が得意で、クロスをあげる選手が土のグランドをどたどたと鈍い音をたてて走り込んでボールを蹴っていた。その重い足音がいまも耳の底に残っている。

 記者時代はのちにドイツの皇帝と呼ばれたベッケンバウアーが現役のころ、ドイツチームと日本チームとの親善試合をしたのを見た。どういうわけでか、当時の坂田道太防衛大臣といっしょだった。たぶん招待券をもらった大臣がおすそわけをしてくれたのであろう。ぼくは世界的に有名なベッケンバウアーを目にしただけで満足だった。40年近くも前の話だ。当時、サッカーのスタンドはしんとしていた。いまはどうだ、この熱狂と歓声。

 マッサージ部屋の話が筒抜けで聞こえてくる。「兄夫婦はロンドンに開会式から閉会式まで滞在して見るのよ」「開会式は見ごたえがありましたね、今回も」「兄夫婦はアテネ大会からずっとオリンピックは欠かしてないの」「それは、すごいですね」「アテネ大会には兄の子、わたしの甥っ子が選手として参加しましたから、すぐ敗退しましたけど」「・・・」「行くときは見送りも多く、それは張り切りますよ、選手は」

 おばさんは甥っ子の自慢をするのかと思いきや、見送りと敗北の落差について話しはじめた。「負けて帰国すると、だれも迎えてくれないの、見内だけね。盛大な見送りにくらべるとそりゃ、さびしいものよ、余計に気落ちするわね」。テレビや新聞は栄光の選手に光をあてるが、敗者のほうにもドラマがあることを無視する。ただ、負けた選手にもインタビューはおこなう。選手は敗因などを語る。痛々しいけれど、ここで真の人生に触れる。

 決勝で敗れたなでしこは出迎えがすごいだろう。格差社会の底辺から上り詰めたような雰囲気のなでしこチームは、よくがんばった。その点、日本人好みのチームだった。
スポンサーサイト

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://penmori2007.blog108.fc2.com/tb.php/470-bc4144f8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

瀬下先生

Author:瀬下先生
FC2ブログへようこそ!





最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する