ペン森通信
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皮製品の元とプロセス
 『動物文学』という季刊の雑誌にぼくの親友が犬の話を継続して書いている。平成24年初夏号が届けられ、それに犬の日本史11回目を書いている。「江戸で多いもの、伊瀬屋稲荷に犬の糞」と冒頭に振って、その考証を綴った。犬の糞のように姓の多いたとえの例として、福島の磐城・相馬地方では「佐藤斎藤犬の糞」、佐賀では、「松尾山口ゃ犬の糞」鹿児島では、「山下中村犬の糞」とそれぞれ出典をあげて紹介しているのが可笑しい。

 いまも犬はじつにおびただしい数だと思う。とくにうちの近所では休日の夕方、リードをつけてペット犬の散歩をさせているひととひきも切らず出会う。小型の座敷犬でも樹木や電柱の根元をくんくん嗅いで、後足の片一方をあげてマーキングしようとするから愛玩用とはいえ、野性だねと見直してしまう。飼い主は糞の始末をする袋を必ず持参しているから、糞が道に散らばっているという光景はほぼ都会では絶無である。大したマナーだ。

 ぼくも子どものころは中型犬を飼っていた。田舎のことだから当然放し飼いで、隣のうちの茶色の大型犬にいつもいじめられていた。ぼくもその大型犬は怖かった。いまでも犬嫌いなのは、しかしそのせいではない。寝そべっているほかの犬をまたいで通ろうとしたら、ふくらはぎをガブリと噛まれたことがトラウマとなった。70をすぎた現在でも犬とは目を合わさないようにしている。ぼくが怯えていることがわかるのか、よく吠えられる。

 犬の肉はまだ食べたことはないが、千葉の銚子在のペン森卒業生が、うちの犬と隣の犬とその隣の犬が行方不明になった。うわさでは、漁船の清掃をする中国人が食用にしたのでは、と話していた。で、ぼくは銚子に行った。地元のおばさんにきいたが、なんとかという地区では野犬が多く、群れをなしているから怖い、という的外れの回答だった。骨があったとか、保健所が動いているとか、そんな裏付けはまったくとれなかった。

 犬は赤犬の肉がおいしいとされる。こういう言い伝えがあるということは、すなわち、犬食が日本にもあったということだろう。東大の5月祭だったか、学生が犬を料理して食べて問題になったことがあった。その学生が亀井静香である。名は体を表すという言葉の逆を亀井は若いころからいっていたらしい。戦前までは、貴重な蛋白源として犬肉をよく食べていた、という八戸の話が『日本の路地を旅する』(上原善広著)にでてくる。

 では皮はどうなる?4,5年前、ペン森女子と墨田区の皮なめし工場を訪ねたことがあったが、血の付着した生々しい皮は豚のそれだった。似たような工場が近くに点在し、女子が「このへんは被差別部落ですか」ときいたら応対の女社長が「ここでそんなことを話題にしたら大変よ」と血相を変えた。『日本の路地を旅する』の路地とは被差別部落をさし皮の文化を守った。豚皮はハンドバッグもなっていた。犬皮は太鼓などになるらしい。

 
 皮靴はもちろん、ベルト、バッグ、三味線、コートやあらゆる皮製品の出自をわれわれは想像しない。高価な毛皮コートに身を包んだ欧米狩猟民族の末裔ご婦人は、捕鯨には反対するが、自分の身に付けた皮製品が生命体であったことを考えるのだろうか。われわれは結果だけを手にする。たまにはその元とプロセスを考察してみようよ。

 

 
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