ペン森通信
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3・111周年が迫った人生の再考
大震災から1周年目3月11日のテレビや新聞は特別番組や大特集がすごかった。3・11はそれほど衝撃的だったということだろう。ぼくも1年前、あの長く激しい地震と帰宅難民となり、ペン森で夜を明かしたことを思い出していた。帰れないとわかったとたん、酒を買って飲んだが、つけていたラジオから緊急地震速報が飛び出してきて、そのつど緊張してあまり眠れなかったこともよみがえった。

普段の生活のなかで振り返ることもなく、次第に記憶も希薄になってゆくのを報道機関が食いとめてくれるのは、うんざりするけどありがたい。「忘れないようにしよう」と決意も新たな3・11だったが、実際は何年か先にはスペシャルもなく、通常の1日になるのだろうか。原発事故という途方もない人災は否応なく廃炉まで40年間もつきまとい、忘れようにも忘れられない。40年というと、いまのペン森生は60歳をすぎている。

原発は最終的に核廃棄物、すなわち核のゴミを出す。2011年度のボーン・上田賞を毎日の会川晴之記者と朝日の奥寺淳記者が受賞したが、会川記者は日米が極秘に核のゴミの処分場をモンゴルにつくる計画について交渉している、と報じた。モンゴルを最終処分場にしようとの目論見であったが、日米の計画は白日の下にさらされた。国内では福島原発がれきの中間処分場問題で騒がれているが、最終がないのに中間とはおかしい。

 原発は子孫に核のゴミを残す。ぼくはその点だけでも反原発の立場である。人間は自分の能力を超え、コントロールできないエネルギーに手を出した。石油が限界だったのだ。原発頼らないことを決めたドイツは、原発は倫理問題という捉え方をする。子孫に核のゴミを残すのは倫理に反する行為だ、いうわけである。大震災は日本人に生活と生き方の再考を迫った。自然エネルギーへの移行、転換を選択するひとが増えたのは教訓的だ。

  
 以上、今回は短めにまじめに。
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