ペン森通信
規格外人間は可能性と文化だ
春は別れと出会いの季節である。ペン森16期生の卒業式は3月18日におこなわれる。彼らの大半は記者となって地方に赴任する。研修で上京するたびにペン森に寄ってくれるだろうが、徐々に自社の空気に染まってきて、立ち寄る頻度は少なくなる。彼らとの別れの一方、17期生はそのまま残り、夏がすぎるころ、秋採用ねらいの若者たちがやってきて新しい出会いが生まれる。年年歳歳同じ繰り返しをしてきて17年になる。

 日曜日は伊豆でミニ合宿をして、きのうはその足でペン森に着いた。伊豆はぼくがルネッサ城ヶ崎、ルネッサ赤沢の会員になっているので、数年前からよく合宿に利用している。中央大学でぼくがゼミをもっているころからだから、ペン森の期でいうと8年前の9期生からになる。ゼミ合宿は伊豆だけでなく飛騨高山、白川郷にもそれぞれ一泊した。中大前に2台の車で集まったときぼくが「さてどこへ行こうか」と言ったら、みんなたまげていた。

 予定はあらかじめ決めている場合もあるが、たいていはその場の気分や天気で決定するのがぼくのやり方だ。いい加減といえばいい加減である。だからぼくの人生は定規で測ったような規格品ではない。規格からはずれたような男女が好きだ。規格外にこそ可能性と文化の生命がある、とぼくは考えている。近年の大学生はあまりにも規格品でありすぎて、規格外はすくない。若者の内向き、男性の草食化は規格品に安住しているからだ。

 自衛隊は志願制だが、戦前戦中は徴兵検査があった。「検査の対象は、徴兵通例者いわゆる壮丁と呼ばれる、満20歳に達した日本男子全員である。例外は高等専門学校や大学に在学中の者で、こちらは徴兵延期の手続きをして卒業後に受験する」(帚木蓬生『蠅の帝国』)。「壮丁は一人ずつ下着ひとつの丸裸になり、順番に検査に並ぶ。このとき、パンツは例外で、越中か六尺ふんどしである」(同)。ぼくは一時、ピンクのふんどしを着用していたなあ。

 いうまでみなく、いまはふんどしが例外である。洋もののパンツは日本男児たるもの穿いては恥だったのだ。色も柄もない白いトランクスがほとんどだったらしい。検査は身長、胸囲、体重、座高の計測、眼や耳田氏が不自由な者と身長が150センチに満たない者は丁種不合格、トラホームと性病の検査を受けただけで退場させられた。丁というのは甲乙丙丁のランクの最下位だ。体格のいい甲種合格は意気揚々と兵隊に行って死んだ者が多い。

 肛門と性器の検査はふんどしをはずしておこなう。性器はもちろん、性病にかかっているかどうかを調べるわけである。淋毒性尿道炎と記入されると「こんな恥ずかしい病気になって、畏れ多くも天皇陛下の軍人になれると思うか」とこっぴどく怒られる。そのあと根ほり葉ほり質問され、相手の女性の名前も白状しなければならない。必ずしもその道の女性から感染したとは限らないからだ。いまは素人の女性のほうが危険だという声もある。

 徴兵検査は身体的な規格品をとり出すろ過装置だったわけである。春採用組は今月ES記入が集中し、4月1日が朝日、読売、共同通信、NHKの筆記試験日である。採用試験はESの段階から若者がろ過装置にかけられていることになる。装置を抜けたらますます規格品の精神的鋳型にはまっている若者ばかりだった、ということがないように願いたい。

 
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