ペン森通信
年賀状よりも年末状だ
年賀状書きの季節だが、ぼくはもう30年以上年賀状は出していない。代わりに年末状を年内に発送する。今年お世話になりました、来年もよろしく、という趣旨である。新聞で年末状を出すひとを自分で企画して探し出し、特集を組んで以来その真似をしてきた。だいたい650通のはがきを出すが、年賀状と違って相手が喪中であっても気にせずにすむのがいい。年賀状という習慣が肌に合わないという個人的事情もあるが。

年賀状は記事でいえば、予定稿だ。あらかじめ書かねばならない。以前、元気にがんばっています、と年賀状がきたとき、ご本人が亡くなっていたということがあった。死人から年賀のあいさつが届いたのである。予定稿には出すときともらうときとがずれるから、こういうことが起こる。年賀状は年始回りが極端に簡素化されたもので、メール時代の近年はもっと簡素化されて、年賀状は書かず出さず、ケータイメールですます若者も多い。

先週末、宮城の南三陸、女川、石巻と被災地をめぐったが、被災したひとたちに新年になっても「おめでとうございます」とは言えないと思った。年が改まったわけだから、そこは気分一新のつもりで、と胸の中では割り切っても口には出せないな、と感じた。肉親を亡くし、家を流され、職を失い、これからどう生きようかとまだ途方に暮れているひとに対する新年のあいさつはどう言えばいいのだろうか。「おめでとう」と言えるか。

その点年末状は、気持ちを直接相手に伝えることができる分、手段としては年賀状よりも優れている、と自画自賛したい。ぼくは年賀状を400通ぐらいもらうが、年末状を見てあわてて書いたと推察できるのも何通かある。年賀状は数が多いから、ひとつひとつ丁寧に見るとはかぎらない。年末状は喪中のはがきが一段落したころの年末に到着する。目を通してもらえる確率はきわめて高いのである。

なかにはぼくからの年末状を心待ちにしているひともいるようで、「あなたの恒例の年末のあいさつが来ると、あらためて今年も暮れるなあ、来年も元気でがんばらねば、という心境になります」と言ってくるひともいる。年賀状は年々、形骸化してゆく。ぼくはきのう年末状を書いたが、今年という越し方と、来年からまたはじまる自分の行く末に思いを馳せざるをえなかった。最近、高血圧がつづいている、果たしてあと何年の人生か、と。

年賀状の利点は心おきなく新年に当たっての決意表明ができることだ。年末状は反省しきりになりやすい点が残念なところ。高血圧は切れ目のない深酒のせいか、運動不足のせいか、塩分の摂りすぎのせいか、と振り返る。来年から改めなければ、と決意も裏付けなく弱弱しい。しかし、反省から発展や成長がはじまるから、若いひとに年末状を書けば未来がひらけるぞ、と言いたい。


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