ペン森通信
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

泣きながら書いた大津波
きのう木曜日、よほど週刊新潮と週刊文春を買おうかと思った。木曜はこの2誌の発売
日である。駅のホームにある売店の前に立つと、売り子のおばさんが黙って週刊新潮と週刊文春を差し出してくれる。きのうは売店を避けるためエスカレーターを利用した。週刊誌マニアのような習性を完全に修正するには時間がかかりそうだ。浮かせた金で本を購入することにして、さっそく『記者は何を見たのか』(中央公論新社)を買った。

 3・11大震災を取材した読売新聞78人の手記だ。78人のなかに中大の教え子が1人、ペン森卒業生も1人いた。「津波」「原発」「官邸・東電」「東京・千葉・各地」の4部構成。78本の体験手記は若い記者が、あまりに巨大な絶望的光景にたじろぎ、伝えきれないもどかしさに自問自答を繰り返す内面が語られ、体温が伝わって思わず感情移入してしまう。「津波」の章ではとてつもない現実の前で記者たちは無力感にさいなまれる。

 記者の生身の人間がむきだしになるのは、あまりにもおびただしくむごい生と死に正面からぶつかったからだろう。記者は被災現地赴任者だけでなく、かつて勤務して土地カンのある者、出身者などである。全国から応援取材に駆り出される。涙をこらえて取材し、泣きながら原稿を書く。新聞に載らなかった取材内容も書きつづられる。圧倒的な変貌を前にした被災者の優しさに、人間の強さや気高さを見て記者の感情が揺さぶられる。

 『記者は何を見たのか』には通常は客観という壁ひとつ外側にいる記者が内面をさらすところがきわめて主観的、むしろ清々しいが、ぼくはここに活字のもつ精神の重さを感じた。ペン森に集う卒業生たちは、記者という制服を脱いだ裸の素顔になるが、それはその記者がもつ人間性の一面にすぎない。かれらがどんな顔で取材し対象に肉薄するか、ぼくは知らない。子どもが仕事をする父親の顔を知らないのと同じである。

じつは本は2冊買った。もう1冊も大震災ものだが、こっちのほうはさらに痛々しい。書名はずばり『遺体』(新潮社)。『絶対貧困』の著者石井光太が書いている。石井は2日後の3月13日に被災地入りして取材活動をはじめる。かれは貧困や医療をテーマにしているノンフィクションライターだから、行き当たりばったりに「遺体」というテーマを選んだわけではなかろう。ぼくは『絶対貧困』の著者だから『遺体』を購入した。

『遺体』はまだ目を通してないが、石井の素早い行動には、やるもんだなあ、と感心する。ぼくは被災地に足を踏み入れてないので、なにがしか負い目を感じないわけにはいかない。頻尿老人なのにどうしていまだに現場主義に行きたがるのだろうか。昔とった杵柄がもぞもぞと動き出してくるのだろうが、それを制止するのがやはり頻尿だ。最近はますます、蛇口からでる水道の音やシャワーにも勝手に反応する。付随意筋は老人泣かせだ。

ぼくが被災地に行くも行かないも世の中にはなんの関係もない。しかし、記者を志す若者は行ったほうがよかった。せめて『記者は何を見たのか』を読んで記者という仕事の一端に触れてもらえばと願う。

 
スポンサーサイト

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://penmori2007.blog108.fc2.com/tb.php/399-506538ee
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

瀬下先生

Author:瀬下先生
FC2ブログへようこそ!





最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。