ペン森通信
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時刻表は過去を照らす
折あらば時刻表を開いている。ペン森にJTB版,うちにJR版の大判を用意している。うちの時刻表はいま、山陽山陰四国のページを広げたままになっていて、朝夕眺めて思い出にひたる。ぼくの部屋は椅子机と座卓のほかに寝転んで本が読めるスペースもとってある。中古のPCもあるが、これはDVD観賞専門でネットにはつながってない。うちの時刻表で見つけた路線や温泉はペン森PCで確認することになる。

 山陽山陰四国は、ぼくにとって東北ほどなじみではない。山陽本線は学生時代、南九州に帰省する途中よく利用した。山陰も萩や津和野は人物ルポや観光地ルポで何回か取材した。四国も災害取材で行った。しかし、記憶にはもう輪郭すら浮かばない。森林太郎(森鴎外)の故郷、津和野の掘割の錦鯉をかすかに思い出すだけだ。秋芳台には新洞穴を発見した山口大学の探検部についていって、洞穴内で1泊したこともあるが、遠い昔だ。

 時刻表で新しい鉄道路線や聴きなれない温泉を発見してわくわく興奮したのは、じつは60代までだったような気がする。いまは回顧と郷愁の刺激剤になってきた。列車に乗ったとき、以前は前へ進んでいるという感覚が強かったものだが、現在はややもすると過ぎ去ってゆくという感じがする。ぼくが同期生会に出席しないのは、過去や後ろ向きに関心がなかったからである。いまは前よりも後ろを見るようになってきた。

 ある一定の年齢に達すると、男女にかかわらず同窓会とか同級生の会合に熱心になるものだが、ぼくはまだそこまでは感覚が進行してない。ところが先週、ぼくの大学時代の友人の所在を知りたいという長い封書が、当時東大生だった知り合いから届いて、ぼくは50年も前に引き戻された。友人と当時の東大生はある学生研究団体を立ち上げた仲間である。そのころの仲間が一堂に会して、昔をしのぼうということらしい。

 そのかつての東大生は去年、同じ東大の同級生に呼びかけて親しく語り合ったらしいから、この手のイベントに熱意を注ぐたちとみられる。かれのような仕切り屋というか中心になるまとめ役がいると、われ関せずばらばらになりがちな仲間もグループとして固い形成力をみせる。それはペン森でも感じることで、世話役をいとわない中心人物がいると、期別の結束力は各社の記者になっても持続するものである。

 時刻表から過去が立ち上ってくるのは、ぼくが後ろを向く人生にさしかかったいま、比較的地方を歩いてきた過去があるからだろう。大震災を取材したひとたちは被災地のことを生涯忘れず、いつか年とってから孫に様子を話して聞かせるだろう。ぼくの孫娘もぼくがこの世から消えたあとも、きっと秋田や広島や高山や金沢を頭の片隅にとどめてくれるだろう。来年は主に列車を乗り継いでの四国1周を計画している。

 あす11月5日、ぼくは73歳になる。土曜日だからうちで時刻表を見入ってすごすが、未来も見てこれからなおドキドキ興奮する思い出づくりにも励まねば。

 
   
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