ペン森通信
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モラルを守る息苦しさ
 朝、といってももう9時半だが、出勤途中の公園の外周路で4,5年前はさぞかし美少女であっただろうと想像させる美女に出会っていた。毎朝、それがひそかなワクワクだった。彼女は、選挙の投票所で見かけたことがあるので、近所の女性にはちがいなかった。朝のこの時間に帰るとは、学生ではなさそうだし夜勤明けの看護婦かな、女優かな、と推測したが、ただ推測するだけだった。いつのまにか、ぱたりと姿を見せなくなった。

 投票所で家内が遠くから笑いかけていたことがある。「近所のお嬢さん?」と聞こうとしたが、「どうして?」と問い返されると窮するので、黙っていた。なにもやましいところはないのに、隠しごとをかかえたような意識になっている。しかし、ぼくの心のなかがなんの汚れもない純粋無垢かというと、そうとは言い切れない。彼女に出会わなくなってから、ときめきもなく朝の公園の道にこぼれる小さな楽しみも消えてしまった。

 同じ町内に90歳を超す老夫婦が住んでいた。じいさんは昔風にいうと、ハイカラそのもの。バイオリンのケースをかかえて外出していた。その後ろ姿をばあさんが見送るのではなく、距離をとって尾行していた。ときには電柱のかげでじっと見ていたり、待ち伏せしたりしている。90をすぎても、嫉妬の炎が胸に青く燃えているのであろうか。昔、じいさんは女で不始末を犯し、ばあさんにはわだかまりと不信が残っていたのであろうか。

 じいさんが亡くなったら、ばあさんは張り合いをなくしたのか、すぐ後を追って死んでしまった。老夫婦に過去、なにがあったか知るよしもなかったが、長い人生のあいだには夫婦も互いに都合の悪い隠しごとの三つや五つはあるだろう。隠しごとは男と女とどっちが多いか、それは男に決まっている。男は浮気体質があるからね。ぼくが朝の美女との出会いを喜んでいたのも浮気の血が騒いだからだ。だから家内にも素知らぬふりをする。

未練にしろ、嫉妬にしろ、ぼくは男のほうが多量だと思っている。別れ話で未練たらたら刃傷沙汰に及ぶのもたいていは男のほうだ。嫉妬に狂うのも男のほうだと作家の阿刀田高は指摘していた。嫉妬という漢字は両方とも女偏だが、これは女性差別かもしれない。嫉妬が女の特質かというと、ぼくの近所にいたばあさんは例外だろう。一夫多妻の古代、男は女の嫉妬に苦しんだそうだが、一夫一婦制では妻がやきもちを焼く相手はいない。

 当然、ぼくも隠しごとという秘めごとはある。世間的には突飛なことではなく、実害も伴わない。それでも明かしたくはない。隠すことによって、終末も遠くない人生に味と綾とを加味して、生き方にいきいきとした興奮をもたらしてくれる。ぼくは公的な存在ではないからささやかな秘密が暴露される心配はないが、いまの世の中は総嫉妬時代ともいうべき息苦しい空気が漂い、窮屈きわまりない。モラルを求めたがるメディアのせいだ。

「強大な国家権力に立ち向かう際、モラルを気にしては相手側に取り込まれてしまう」という意味のことを小田実かだれかが言っていたというのをなにかで読んだ。ぼくは、法は守るが、モラリストではない。モラルにこだわるな、こだわれば人間がちまちまするぞ、という内心の叫びを聞いて、そうだ、と答えながら酒を飲んでいる。



 
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