ペン森通信
カダフィの最期から見えるもの
リビアのカダフィ大佐死亡の真相はまだわからないが、おそらくカダフィ派という民兵の憎悪によって銃殺された。権力者の末路は、権力を強く発揮して独裁支配した分だけ、反発も大きい。捕えられて左顔面が血だらけになったカダフィ最期の映像は世界中に流されただろうが、世界中に瞬時に伝達するネット情報とケータイの撮影の威力には驚くばかりだ。ぼくも最近、Facebookをはじめたが、このブログよりもはるかに反応が多い。

リビア情勢を伝えるテレビを見ていると、カダフィの最後はチャウシェスクを思い出させる、とキャスターがコメントする。このルーマニア独裁者は1989年に貧困にあえいだ民衆の蜂起によって追いつめられ逮捕される。人民裁判で夫婦に全財産没収、死刑が言い渡され、即銃殺された。銃殺死体も克明にビデオに収録され、全世界のテレビで放映された。衝撃的なこの映像はテレビ時代の処刑だった。キャスターは憶えているのだ。

ぼくら老人はもっと古い。第二次大戦時のイタリアのフアシスト、ムッソリーニの死体を民衆が逆さ吊りしたシーンも連想する。ムッソリーニもまた怒った民衆によって逃げ場がなくなり、銃殺されたあと、愛人とともに遺体が吊るされたのである。この場面はニュース映画で目にした。戦後しばらく、映画の本編の前にニュース映画が上映されていたのである。冒頭に社旗をはためかした朝日や毎日の外車社有車の映像が流れていた。

映画館のニュース映像は新聞社製作だったのだ。伝書鳩も写っていた。鳩の帰巣本能を利用して写真原稿などを運んでいた時代に比べると、瞬時に世界の「いま」が映し出される現代は、やはりすごい。ぼくのFBにもエジプトやシンガポールからほとんどリアルタイムで知人が反応してくる。情報の伝達手段はかくも変質し進化した。もはや活字の時代ではないと改めてつくづく考える。活字が主役だった時代はとっくに終焉した。

「アラブの春」はもちろん、ヨーロッパもアメリカもインターネットが大衆を動員して貧困のひろがりに抗議している。北朝鮮や中国に反政府デモが波及してもおかしくないが、政府はそれが怖いから、ネット規制をしている。しかし、この情報のグローバル化加速時代に必ず水漏れがあるにちがいない。中国の天安門事件はアメリカとFAXで結ばれて連絡し合った結果、若者の熱気がいや増したという報道が当時あった。

FAXはなんだかまどろっこしい。最初に燃えたチュニジアはFBによって点火し拡大した。ネットは即効性がある。ところが、アメリカやヨーロッパの若者の勢いに比べて、日本の若者は腰が重い。反原発デモに参加したペン森生の目の前で警察に検挙されたひとがいたそうだが、日本では市民運動にさえ警官が周りを取り囲んで厳しく対処する。この独裁後進国のような警察の姿勢に日本の若者は縮こまって動けないのだろうか。

社会運動を卒論のテーマにしているペン森生から、「今後日本で大きなデモが起こる可能性はあると思いますか」と聞かれた。即座に「ない」と答えた。「ただし、女性の反原発デモはあるかもしれない」。火種はある。原発、年金、TPP、格差、若者や子どもの将来、国家財政、地方分権、地震・津波対策、増税。でもこれらを熱っぽく語るよりもAKB48やSKE48に熱中する昨今の若者。さて、ぼくはまたFBを覗いてみるか。

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【2012/07/24 02:06】 | # [ 編集]


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