ペン森通信
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行って見て感じて考えろ
年年歳歳ペン森はまた新しい仲間を迎える季節になった。17期生がぼちぼち入塾してくる。武運つたなく16期から17期に移行するひともいる。いずれにしても来年のメディア採用試験に向けてペン森で論作文を書く。いや、論文は書かない。極端に単純化すれば「これは○○である」というのが論文、「私は○○と思う」というのが作文である。みんなに自分の考えや意見を示してもらいたいから、作文を書いてもらう。

 論文を書いちゃマスコミには受からない。論理的に一貫性のある知性あふれる論考が展開できれば別だが。中大で担当している講座で「生きる」という題をだしたら、出来が悪かった。生きることの意味を抽象的に解説したり、祖父や祖母が寝たきりになったいきさつを書いたり、死生観を述べたり、全体に暗くじめじめしていた。具体性に乏しいこういう文章は着想の貧困さが問題であって、添削してもほとんど上達の期待はもてない。

 それらの文章は全部返却したので手元にはない。2本だけ鮮明な印象の具体的な内容のものがあった。沖縄の戦争孤児を訪ねて話を聞いた、という作文。米軍の攻撃で追いつめられ親兄弟をふくむグループが爆弾を囲んで集団自決を図る。いちばん外側にいて孤児になった7歳の少年だけが生き残り、親兄弟7人が死ぬ。これを知った女子学生は孤児として生きるとはどういうことだろうと、それを聞きに老人となった戦争孤児を訪ねる。

 ぼくはその行動力、発想力、知りたいという欲望、感傷に流れない生々しい記述、事実を直視する目、に感心せざるをえなかった。こういう若者が身近に存在すると考えるだけで、こっちにも勇気が湧いてくる。もう1本は「亡くなった人の文章が好きだ」という書き出しではじまった作文。それによって私は生きる力をもらう、と。ぼくは川端康成が最高の文章と感服したマラソン選手円谷幸吉の遺書を読みなさい、とアドバイスしておいた。

 総じて読むに値する作文は題による。中大で「忘れられない一言」という出題で書いてもらったら、予想どおり上出来だった。一般論、抽象論の論文的な内容に逃げ込めない題だからだ。自分が体験した一次情報を具体的に書く以外にないからである。印象的な作文は、自分だけが知っている一次情報、ネタ(題材)がおもしろい、微細な事実の描写、筋道にずれがない。この4条件によって成立するといってよい。

 井上ひさしは『作文教室』で強調している。「作文の秘訣は一言でいえば、自分にしか書けないことを、だれにでもわかる文章で書くということだけ」。自分にしか書けないことというのは自分だけが知っている一次情報のことだ。報道されつくした二次的な情報によりかかって表現するひとがいるが、どこかで読んだような、観たような意外性も鮮度もない文章は、しょせんは借りもので独自性に欠けるからおよそ説得力に乏しい。

 書けるだけの体験がなかったら、自分で体験してこい、とぼくはいっている。そこでペン森にも中大にもネタの現場のリストを参考までに配った。ぼくは老人だから感覚的に古い現場になりがちだ。女工哀史の少女たちが休憩した野麦峠の宿、長野・上田の無言館、新潟・旧山古志村の日本一長い手掘りトンネルなどだ。それぞれに歴史と人間ドラマが息づいているから、行って見て感じて考えてこい、とペン森17期生にもいうつもりだ。

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