ペン森通信
台風の夜の「しょんべん横町」

 首都圏を直撃した台風15号で電車が動かなくなり、昨夜は帰宅できないかと覚悟していたが、台風の速度が速く早めに去ったので帰宅できた。それでも時間をずらしてペン森を午後10時すぎに出たが案の定、都営地下鉄も遅延していて、いつもより込んでいた。乗りっぱなしではもったいないと考え、途中の新宿三丁目で下車して、新宿西口まで歩いて街の様子を見ることにした。車道を挟んで反対側の歩道に元気のいい一団がいた。

 一団は男9人、女2人。男たちはそろって黒っぽいズボンにワイシャツの腕ををまくっている。銀行か証券か、同じ職場の若い社員たちとみられ、飲みながら一時避難していたのだろう。一人声高に話すやつが目立ち、そういえば銀行員や学校の教員や警察官はやたらうるさい、と飲み屋のママから聞いたことがある。普段、抑制した日常を送っている分、酒によってたがが外れるのであろう。ぼくなんか抑制もしてないのに外れるけどね。

 東口のはとバス停留所のある広場は人が多く、なにをするでもなくたむろしている。西口へ抜ける地下道は最近整備され、昼なお薄暗く異臭がしていたが、きれいになった。そのきれいになった地下道には風で壊れたビニール傘の残骸が散らばっていた。台風15号は西日本では雨台風だったが、首都圏では風台風に変わった。風が強かった。すでに路面は白っぽく乾いて、街路樹の葉っぱがあちこちに落ち、舞っている。

 地下道を抜けると右手が、むかし「しょんべん横町」といった「思い出横丁」である。二筋の狭い通路の両側に飲み屋や食いもの屋がひしめき11時前、客の中年男たちも多数うごめいている。ぼくがここに通ったのは、学生時代だった。その当時とさして変わってないようだが、女性も気軽に利用するくらい清潔になったという。でも、横丁が変わったのか、女性が変わったのかはわからない。ぼくはここで「ブタキン」を食べたことがある。

 「ブタキン」とはブタのキンタマの略。薄切りにしたタマタマを酢醤油でこりこりと食べた。半世紀も前の話だ。味なんかまったく憶えてない。こりこりというのもいま、わいてきたイメージである。「しょんべん横町」と呼ばれていたころは、もっと雑駁であやしく乱暴だった。若者もはつらつと屈託がなかった。先へ伸びる人生の道が見えていたからだ。必ず上へ行けるという約束があった古きよき、日本が弾んでいたころの話だ。

 京王線の改札口に着くと、「はいここまでです」とぼくの目前で駅員が手を広げる。改札規制をしているのだ。前方のJRの連絡口改札をみると、赤と黄色を編み込んだひもが渡されていて、人が何重にもひしめいていた。規制が解かれて、各駅停車に乗り込んだが、やはり何人も立っていた。ドアのそばに陣取ってふと近くの座席を見ると、ざんばら髪に寝癖がついててっぺんの髪が立っている男が座っている。後輩記者のKくんかと思った。

 京大出のKくんが異動で去る直前、「おまえ、異動費用がでたろ、それで飲もう」と誘って飲み明かしたことがあった。かれがどのようにして 転地へ行ったかは知らない。うぶでやや変人のかれは、子どもができたときぼくに電話をかけてきた。「出生届を出すのに最もいい区役所はどこですか」。こういう常識外の記者もいたから、いまどきのものを知らない若者は笑えない。うちに着いたのはちょうど12時、記憶が刺激された台風の夜だった。
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