ペン森通信
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分け入っても分け入っても泥の中
 野田佳彦総理は自分の言葉をもっていると評する向きが多い。そうかな。どじょうは 便所の神さまとも便所の詩人ともいわれるへたうま字の「相田みつを」のパクリだった。所信表明の正心誠意は勝海舟の「氷川清話」にでてくる。政治今昔談の内政論で「政治家の秘訣は正心誠意」と題してつぎのようにいう。

 「政治家の秘訣は、ほかにはないのだよ。たゞ正心誠意の四字しかないよ。道に依て起ち、道に依て座すれば、草莽の野民でも、これに服従しないものはない筈だよ」。これまた断りもなく、さも自分で考えたかのように盗用した。こういう場合、相田みつをさんの名言を借用すればとか、先達勝海舟の「氷川清和」によればとか、一言あいさつがあってしかるべきである。総理大臣ともあろうものが他人の言葉を黙って引用するとは、ね。

 ペン森生が読むべき課題図書というのが以前あった。「氷川清和」と福沢諭吉の「福翁自伝」である。強制しなかったから、2冊とも読みこなしたひとは少ないと思う。2冊とも読みやすくてとっつきやすいのは、話し言葉の文章だからだろう。「氷川清和」は勝海舟のやや自慢話めいている中身だが、だれかにしゃべったことを編んだものだ。講談社学術文庫の江藤淳・松浦玲編は注が行き届いて、非常に親切である。

 「福翁自伝」は諭吉が口述したものを新聞記者がまとめて連載した自伝。いってみれば日経の「私の履歴書」みたいなものだ。ぼくはずいぶんむかしに読んだので、内容はほとんど憶えていない。おもしろさからいうと、「氷川清和」のほうが切れ味よく、小気味よい。ぼくも口はあまりよくないから、辛辣きわまる人物評が気に入っている。「木戸松菊(木戸孝允の号)は、西郷などに比べると、非常に小さい」とか、遠慮がない。

 ペン森で「氷川清和」を勧めたのはこういうくだりがちりばめられていたからだ。「おれが長崎に居た頃に、教師から教へられた事がある。それは『時間さえあらば、市中を散歩して、何事となく見覚えておけ、いつかは必ず用がある。兵学をする人は勿論、政事家にも、これは大切な事だ』と、こう教へられたのだ」。政事家をジャーナリストに置き換えて考えれば、現在にも通じる、観察眼や虫の目の大切さを強調しているのだ。

 ところで相田みつをにどこか既視感があるのはぼくだけだろうか。あの名言、人生訓の語調は山頭火に似ている、とぼくは感じる。「やれなかった、やらなかった どっちかな」「分け入っても分け入っても青い山」。内容はまったく違うが、言葉の調子は似ている。ぼくは山頭火や尾崎放哉といった放浪行乞の俳人が好きで、相田みつをよりもさみしく切ない山頭火にひかれる。「旅法衣ふきまくる風にまかす」。旅先で吹きまくる風いいねえ。

 野田どじょう総理は吹きまくる風にまかすどころではないだろう。増税を言っただけで実際にはなにも具体的には進んでない。細川元総理は西郷さんのような男とほめたが、どうも西郷さんのような大人物ではなさそうだ。ただ寡黙だけのさびしい男。分け入っても分け入っても、泥の中、かもしれん。このどじょうが泥にもぐり込んで姿を消すのも案外、早いかも。日本はかなしいねえ。
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