ペン森通信
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松下政経塾には負けんぞ
 野田佳彦総理は松下政経塾の塾生だった。松下政経塾は経営の神様、松下電器(パナソニック)の創設者松下幸之助が理想の国家を目指す若者を育成する政治塾である。前原誠司、玄葉光一郎、樽床伸二なども同じ釜の飯組だ。幕末の革命思想家、吉田松陰の松下村塾にそっくりの名前なのでまぎらわしいが、別物である。松下村塾からは革命行動家、高杉晋作をはじめ明治草創期の総理、伊藤博文、山県有朋、といった傑物を輩出した。

 松下村塾はなにも山口県萩に行かなくても東急世田谷線の松陰神社に行けば、その平屋の建物を見ることができる。雨戸が開け放ってあることが多いので、この狭い私塾の部屋で 幕末に尊王攘夷・倒幕をかかげて激しく行動した志士たちが松陰の思想を吸収し、明治形成の基礎をつくった人物たちが松陰の講義に耳を傾けていたのだと思うと、想像力が刺激され感慨にひたらざるをえない。東京の松陰神社はぼくの一番好きな場所である。

 松下政経塾も松下村塾も人材育成という点ではいっしょだが、背中を貫く思想の幹はちがう。それに加えて、松下村塾のほうが夢、希望、ロマンがある。時代背景の差なんだろう。今回のどじょう野田はちょっとイメージが異なるが、総じて小粒な人間が目立つ松下政経塾は頭でっかちな空疎な感じがする。菅直人は高杉晋作にならって菅内閣を奇兵隊内閣と称して、歴史家の失笑をかった。野田は周囲の評によると西郷隆盛だそうである。

 野田内閣は別名財務省内閣といわれる。それだけ財務省の影響下にあるというわけだ。財務事務次官は勝海舟の子孫と報じられたこともある勝栄次郎だが、勝海舟と勝栄次郎はなんの関係もないらしい。もし勝海舟の子孫なら、いまから143年前、江戸総攻撃を主張していた新政府軍の西郷隆盛と幕府全権の恭順派勝とが会談した結果、新政府軍は総攻撃をやめ、江戸無血開城となった。野田西郷と勝財務との因縁が蒸し返されたのに残念。

 政治主導の民主党は野田内閣によって官僚主導に無血開城で応じたわけである。野田の増税路線振り付けは勝財務次官だ。国民に対して増税総攻撃がはじまる。世論も借金漬け日本の危うさを感じているのでしぶしぶながら、消費税アップは受け入れるだろう。これでさらにデフレの暗闇から脱しきれなくなるが、野田をどじょうなどと親しく呼んでいる以上、文句をいってもはじまらない。ぼくら低所得者の暮らしはますます苦しくなる。

 司馬遼太郎によると日本には教育者と呼べるひとは2人しかいなかった。吉田松陰ともうひとりは緒方洪庵である。なにを隠そう、いやべつに隠す必要はないが、ペン森は緒方洪庵の適塾を模範としてできた。欄医学者、緒方洪庵の実学を教える塾には福沢諭吉や大鳥圭介が学んだ。福翁自伝を読むと福沢諭吉は大の酒好きで、適塾でも酒を傍らにおいて勉強していた。その酒のエピソードに感動してぼくはペン森をはじめたのである。

 野田の酒好き脱ぎぐせは有名だが、ペン森は内部では下ネタで知られる。来年の採用試験をめざす受講生がポツリポツリと来訪しているが、先生まだ地を出さないで、と在籍者から注意される。まさか緒方洪庵の話をするわけにはいかないよ、知っている学生なんていないんだから。松下政経塾出身の政治家が身ぶるいして失禁するような鋭い記事を書くジャーナリストを輩出したいもんだ、と酒を飲みつつ考えるこのごろ。

 

 
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