ペン森通信
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わが同期・写真界の巨匠、江成常夫
 写真界の大御所、江成常夫が朝日新聞出版から出したばかりの超大型写真集『鬼哭の島』を自宅に送ってきた。江成は昭和と戦争を問いつづけ、木村伊兵衛写真賞と土門拳賞を受賞している。文学でいえば芥川賞と直木賞を受賞したようなものだ。木村・土門の両賞をとったのは写真家は江成だけである。著書も多い。かれとぼくとは毎日新聞入社同期生だが、カメラマンのかれは12年間勤めて、昭和49(1974)年に退社した。

 「組織を離れ、対象に自分のメッセージを託したい、などと意気込んでも、いざ人間一人になると弱いものである。仮に写真を作れたとしてもどういう手立てで発表すればいいか、人脈もない。組織から解放されたものの暗闇のなかに閉じ込められたような私は、失業保険金をしっかり貰い受けながら、どうすればいいかを考えに考え、痩せるほど考えた末、12年間蓄積してきたフォトジャーナリズムの方法論をすべて切り捨て、写真の原点に立ち戻って再出発することにした」(『レンズに映った昭和』/集英社新書)

 そして江成はつづける。「それまでやってきたことの延長では固有の世界は築けないし、新聞社という恵まれた場を捨てた意味も薄れてしまう。『そうだ、ニューヨークで1年を過ごそう』、そう閃いたのも、続けてきた仕事から少しでも早く脱皮したかったからである」。そのころ、ニューヨークでは、日常的な対象に作者の意図を反映させ、新しい写真の価値を見出そうとする波があり、日本の写真界にも大きな影響を与えていた。

 「そんなニューヨークの写真事情も、明日に向かって手さぐりしていた私には一つの灯に思えた」。当時のニューヨークの写真事情は世界の代表的な写真誌だった『LIFE』が休刊するなど、フォトドキュメントのテーマ主義が勢いを失いつつあった。江成はニューヨークに滞在期間中、語学学校に通い、黒人、ラテン系、東洋系などの家族と触れ合い、アメリカの庶民の素顔を撮りつづける。『ニューヨークの百家族』(平凡社)である。

 「技巧を排し対象を真っ直ぐ見据えることで浮かびあがってきた新たな世界。私は一年間、継続してきたニューヨークの家族訪問で、それまで考えたこともなかった方法論を見出し、『写真は対象を真っ直ぐ見詰めてこそ本来の力を発揮する――』、さらに言えば『表現としての写真にとって、技巧は本質を曖昧にしてしまう』、という思いを強くした」。技巧は本質を曖昧にする、という指摘は文章にも通じる。ESも技巧はだめだ。

 日本に帰った江成は、母国に思いを寄せてやまない戦争花嫁のことが頭に付着している。アメリカを再訪し、こんどはロサンゼルスを拠点にする。戦争花嫁とは日本に駐留した米兵と結婚した女性である。敵国ニッポンの女性はアメリカで人種差別に遭い蔑視されるが、なかでも黒人の花嫁への差別偏見はひどかった。江成はその日本人花嫁の一人一人と会い、望郷の叫びをテープにとり、写真に記録した。『花嫁のアメリカ』(講談社)である。
 
 きょう23日から9月25日まで東京都写真美術館で江成常夫写真展『昭和のかたち』が開催される。太平洋戦争で亡くなった100万を超える霊が太平洋の島々に取り残されままだ。江成はその15島へ鎮魂の旅をして、写真220点の『鬼哭の島』を仕上げた。『昭和のかたち』はその関連写真展である。ぼくもペン森生何人かと連れだって観に行って、亡魂の声に耳を傾けるつもりだ。そして江成の志とエネルギーに頭を下げたい。

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