ペン森通信
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村上春樹の声を聴け
結婚披露宴でよくスピーチを頼まれるが、よし笑わせてやろうという下心が渦巻いているので、自ら受けねらいの邪心に惑わされることが多い。スピーチの内容は準備してゆくこともあるが、たいてい、新郎新婦についての司会者の紹介や最初のスピーカーの話からエピソードを寸借して間に合わせる。そこへいくと、さすが村上春樹はスピーチ原稿を練りに練って、スペインのカタル―ニャ国際授賞式でメッセージ性の強いスピーチをした。

その原稿全文が共同配信で14,15,16日と3回に分けて毎日の夕刊に掲載された。スピーチは「非現実的な夢想家として」と題し、内容の骨格は広島・長崎を体験した日本人は原子力発電を容認してはいけなかった、と原発拒否を語りかける。ドイツとイタリアは脱原発の姿勢をはっきりさせた。これに日本が続くと日独伊が意を通じ、反原発の新三国同盟になるが、村上春樹はそんなダジャレは言わない。以下に村上メッセージを届けたい。

「日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような危なっかしいかっこうで位置しています」

「日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。(略)そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりません。しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、ある意味では『仕方ないもの』として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです」

「戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう? 我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう? 理由は簡単です。『効率』です。原子炉は効率の良い発電システムであると、電力会社は主張します。(略)効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無残な状態に陥っています。それが現実です」

「我々日本人は核に対する『ノ―』を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。(略)たとえ世界中が『原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ』とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心に据えるべきだったのです」

 原子力でないエネルギーの開発は、広島と長崎亡くなった多くの犠牲者に対する、日本人の集合的責任の取り方となったはずだと、村上春樹は強調する。村上メッセージは、日本人に向けられたものでもあった。村上春樹はことしもノーベル文学賞の候補か、と騒がれるだろう。ノーベル賞を受賞したら、その発言はより強いインパクトをもって伝わり、世界中に反原発運動が広がるだろう。若いひとや女子が好む村上文学は老骨男子のぼくの口には合わないが、このスピーチは胸にすとんと落ちて納得した。
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