ペン森通信
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

作文はESの母である
マスコミの春の採用試験が終わって、ペン森には秋採用をめざす若者が体験受講に訪れるようになった。今月は女子だけ3人。この3人が入塾すれば、計9人の新人が加わることになる。春は武運つたなく、秋に延長戦を挑む者も4,5人いるので、合宿をしようと思えば可能な人数だ。春の敗戦組のなかには最終面接で落ちたひとが数人いる。なぜ内定をもらえなかったのか、エントリーシート(ES)が不完全だったのでは、と推察する。

夏の合宿はおおむね、飲みだけの親睦会になる傾向がつよい。今季はES合宿にしようかと考えているところだ。ESを書く、という精神作業は20年余りの人生にはじめて自分が直面するということにほかならない。真剣に自分と向き合い、自分を問いつめなければ、書けるものではないだろう。うそやごまかしでとりつくろっては、内定にむすびつくことはできない。自分に正直なひとはまず間違いなく内定する。

すべての目に見えるものは目に見えないものに支えられている。このぼくの口癖をESにも応用したい。朝日に「最近、感動したことは何ですか」という項目と「いままで一番つらかったことは何ですか。また、どうやってそれを克服しましたか」という項目がある。これにみんなが悪戦苦闘する。「なんにも思い浮かばないんですが、どうしたらいいでしょう」と聞かれても、当人の見えない心の中のことだから、ぼくにはどうしようもない。

しかし、作文を何本も書いていれば、「あれを書いたら」とアドバイスができる。作文はESの宝庫である。そのことに気づかない受講生が案外、少なくない。作文を数多く書く。言ってみればこれが内定への近道なのだ。「筆記の通過率は高いので、作文はもういい」と思っているひともいるが、とんでもない勘違いだ。ESを想定しながら「感動したこと」とか「辛かったこと」という作文題を出すこともある。

「感動」は社会的なこと、「つらかったこと」は家族との関係が目立つ。「感動」で憶えているのは早稲田大学の時計塔の時計機材がアナログからデジタルに変わる際、親子2代で80年間メンテナンスをつづけてきた2代目職人が引退した、という例だ。朝日記者となった本人の許可はとってないが【『時計は正確でなけゃいけない。精度がよくなるなら仕事はなくなってもよい』。空襲、全共闘運動の最中もメンテをつづけた職人は潔かった】。

天声人語も参ったと言いそうないい話である。この身近な具体例は目に見えない部分に支えられている。見えない部分は、①アナログからデジタルへという流れをみる感受性 ②職人に直接話を聞いている行動力とコミュニケーション力 ③時計塔に目をつけたセンス ④職人の気質まで表現している表現力 ⑤涙、涙の安っぽい感動ドラマではないこと ⑥虚飾やうそのない事実であること。 以上をふくんだコンパクトな記述が冴えていた。

かれはこれを作文にも書いていた。なにか作文の材料になる素材はないだろうか、と鵜の目鷹の目で神経を研いでいたから時計塔が目についたのだ、と思う。作文は表に現れた表現の背後に多量の見えない部分をかかえていれば、作文としても見事だし、ESのふくよかな母にもなるのだ。



スポンサーサイト

この記事に対するコメント

この記事に対するコメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する


この記事に対するトラックバック
トラックバックURL
http://penmori2007.blog108.fc2.com/tb.php/354-c6051dad
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

プロフィール

瀬下先生

Author:瀬下先生
FC2ブログへようこそ!





最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。