ペン森通信
ポスト菅は土方歳三型でいけ
菅首相は「一定のめどがついた段階で」若い世代に責任を引き継ぐ、と表明したことにより、とりあえず不信任案から逃れた。だが、前夜は一睡もできないくらい気が気じゃなかったのだろう、不信任案賛成討論のさい、先が見えてほっとして居眠りをしていた。そのへんの神経は図太い。「一定のめど」とは、なにを指しているのか、このずるい男のことだから、あいまいにして居座る策略ではないかという疑念も生じさせている。

 人間一生のあいだに、こいつだけは殺したい、と顔も見たくない相手が3人はいると言われる。菅直人くらい周辺から嫌われる男も珍しい。嫌われることだけで存在感がある男も珍しい。野党時代、知り合いの女性キャスターが選挙を手伝ったことがあると誇らしげに信奉していた関係で、ぼくも1回会ったことがある。気色悪いくらい作り笑いをしていたが、もちろん1回会っただけでぼくごときに本性が見抜けるわけがない。

 菅直人の権力亡者の本性がはっきり表れたのは、総理大臣の椅子を手中にしてからだ。政治記者に言わせると、1日でも、1分でも総理の座にしがみついていたいだけの男、ということになる。政治記者から菅はいい男だ、という評を聞いたことがない。おそらく市民運動家でやってきた政治家という装飾にみんながだまされた。それは菅直人個人のみならず、民主党にも通じる。期待→失望→絶望。この急降下感はぼくだけではあるまい。

 それでも、解散にならなくてよかった。菅首相がその位置にとどまったのがよかったというのではなく、総選挙を回避できてほっとした。当面は「一定のめど」をめぐってまたひともめするだろうが、日本の危機の極みに800億円もかけて選挙なんて正気の沙汰ではない。民主党の内紛は幕末の殺し屋集団、新選組の内部抗争を想起させる。現代は幕末のようなテロと粛清がまかり通る時代ではないが、言葉のテロはまかり通っている。

 近藤勇も土方歳三も大名になることが最大の夢だったといわれる。農民階級の出だったからだ。隊長の近藤は内部分裂でやせ細った新選組を「甲陽鎮撫隊」と改称して、勝海舟からけしかけられた甲州城に向かう。10万石の大名になるつもりだった。途中で大宴会や女郎買いの遊興に費やし、着いたときには甲府城は新政府軍に占拠されていた。近藤は流れ流れて、下総流山で新政府軍に捕まり、斬首される。まだ35歳の若さだった。

 若さを別にすれば、その戦略眼のなさで部下が離反する姿は、民主党のリーダーとそっくりだ。この夏、勝沼へ行く予定だが近藤隊が惨敗した勝沼の戦跡をみてみたい。副長の土方は、そこへいくと腹が据わっていた。京都時代は殺りくを屁とも思わない、ただの暴力漢みたいなところがあったが、箱館戦争では人間がすっかり変わり、反政府軍のリーダーとして指揮が冴えわたる。見事な野戦指揮官だったのである。

 民主党は菅おろしの第2幕がはじまったようだが、与党であれば、ポスト菅につぎを継がねばならない。つぎのリーダーも近藤勇であってはだめだ。土方歳三のように理想的な方向に変化する可能性を秘めたリーダーが望ましい。民主党も内部抗争を続けていては新選組のように消滅するだけだろう。いまや消滅しようがだれも残念がるひとはいないと思われる。この党は自民党つぶしの役割を担っただけかもしれない。

 

 




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