ペン森通信
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買い占めの我欲に大喝だ!
 19日からの3連休にスーパーマーケットに行くと、パン、コメの主食系はもちろん、豆腐、納豆、ヨーグルト、肉類、缶詰類、インスタント麺、はてはお茶づけ海苔、たまごも売り切れ。要するに買い占めの結果である。連休中はお父さんが休みでドライバーがいたせいもあり、ガソリンを満タンにした車でトランクに詰めて帰った家庭も多かっただろう。買い占めないことが被災地の支援になるということがわかっていてもわが身が大事。

 20日ぼくは平塚を歩いたがここでもスーパー、コンビニの棚は空きが目立った。九州から「ペン森は、おコメは大丈夫か」と卒業生にきいてきたありがたい親がいたそうだが、コメだけはもらいものが80キロくらい蓄積しているので、当分は十分だ。ペン森は一般家庭に比べて野菜の多い和風の夕食を受講生に提供するから、コメの消費量は少なくない。ぼく自身は茨城の農家と契約して定期的に届けてもらう。おコメはスーパーで買わない。

 なぜ契約したかといえば以前、レンゲ米の復活を促す運動に参加していた縁である。昔、春の田んぼはレンゲに覆われ、一面薄い紫色に染まってそれは美しかった。小学校唱歌「春の小川」に【春の小川は、さらさら行くよ 岸のすみれや、れんげの花に・・・】と歌われたように日本の原風景であった。農薬によってレンゲは水田から消えてしまい、どじょうやめだかも消滅した。レンゲ風景の再来をめざす運動にぼくは参加していた。

 レンゲは根の球形の根粒が窒素を固定する、強力な機能をもつ自然の肥料として重宝されていた。田植え前にレンゲが植わったまま田を耕して、自然の肥料としたのである。つまりは無農薬の有機農業だった。レンゲの花は蜜源としても有名だ。若いひとでもレンゲのハチミツは聞いたことがあるだろう。レンゲの花は気温の高い南九州から咲きはじめて北上していく。それにつれハチミツ採集業者は南から北へと移動していったのである。

 子どもは転校に次ぐ転校でめまぐるしく友だちが変わった。ハチミツ採集の北上物語は昭和30年代にはよくルポの題材になったものである。そういう風物詩もいまは見ることもない。土着的な習俗も津波で押し流されたことだろう。4月に孫娘を連れて行こうと思っていた茨城県の岡倉天心・六角堂もまるごと流された。岡倉天心については詳しくないので調べて孫に講釈を垂れようと思っていた。天心の孫、徹志が同期の記者だったし。

 地震、大津波に加えて原発の事故がかぶさった。天気のよかった連休中、東京で外に洗濯物を干している家庭は少なかった。外国人の日本脱出もはじまっている。18日の金曜日に10期女子が来訪して「夫の同僚の外国人社員はみんな国に引き揚げてしまった」と嘆き、「日本人も金持ちは東京脱出をしている」と怒っていた。原発をめぐる安全神話はもろくも崩壊した。検証がはじまったら、東電や政府は血祭りにあげられるにちがいない。

 今週中には世の中も安定を取り戻すだろうと期待したいが、石原都知事のいう「我欲の日本人」は当たっているかも。「天罰」は言語道断だが、「我欲」は納得。テレビで「冷静に」とか「落ち着いて」というが、世情不安のなかで聞く耳をもつひとはいるまい。パニックに陥ったら、笛を吹いて気持ちを鎮めさせよう、とぼくはもう絶版になった『一大事心得帳』に書いた。交通整理や運動会のあの笛だ。これを買い占めるひとはいない。

 

 

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