ペン森通信
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大震災が描く人生の途絶と継続
 3月11日午後2時46分に発生した大地震の津波大被害の呼び名は「東北関東大震災」(NHK)、「東日本大震災」(朝日、毎日)、「東日本巨大地震」(読売)と名付けた。統一のない勝手な呼び名はメディア側の混乱を示している。だが、混乱を超えて、訴訟ものの失態をさらしたのが東京電力といえる。福島の原発被害状況の告知だけでなく、計画停電の発表も二転三転して、初日の14日は末端の混乱と不安を増加させただけだった。

 地震発生時、ペン森が2階に入居している細長い鉄骨ビルはぐにゃぐにゃと揺れた。ぼくは上階の圧力で出入口のドアが開けられなくなるのでは、と心配してすぐさまドアを開け放しにして外へ出た。とはいっても通りではなく、1階の階段下でビル出入り口の鉄製の門扉に手をもたせていた。通りの向かいにモルタル造りの古い民家があり、左右に大揺れしている。それが倒壊したらこっちも危険だと思って、ただ見ていた。

 ペン森ビルのエレベーターは自動的に止まった。このビルは6階建てだが、上階から階段伝いにひとが下りてきて怖い、怖いと震えていた。隣のビルからも非常階段を女子事務員たちが黄色い声をあげながら、わらわらと出てきた。長い揺れがおさまらないうちに、通りは混んだ電車みたいになった。なかにだいだい色のリュックに白いヘルメットをかぶった男の群れが目についたが、非常持ち出しや危機管理がしっかりした会社なのだろう。

 ペン森の被害は水屋の中の大皿が飛び出して、破片が散乱しただけですんだ。主に西日本在住のペン森卒業生数人から、見舞いの電話やメールがあった。「なにはともあれ、ご無事でよかった」と。ありがたいことだった。たぶん避難所にいるひとたちは余計にひと恋しい気持ちになっているにちがいない。ぼくはうちでもペン森でもテレビをつけっぱなしだが、画面で被災者や被災地を見ていると言いようもない感情が突き上げてくる。

 この大異変でもぼくは酒を飲みつづけている。あたたかい食事を口にしながら、テレビを見やると、そこには悲惨きわまる現実がひろがる。画面の奥の途絶した人生と、画面を前にした継続する人生の差は、天と地のちがいだ。申し訳ないと心の中で謝り、ぼくは死者や行方不明者や被災者の代わりに幸福を味わっているんだ、とわが身に言い聞かせつつ、日本酒の杯を傾ける。不幸と幸福の落差に胸がつまって涙が落ちこぼれる。

 テレビを見てぼくの頬を涙が伝わっているのを家族は気づかない。今年はひどい花粉症に突然、襲いかかられ目が痛かゆくてたまらない。鼻水もぽたぽた落下する。避難所の被災者の辛さに比べると、この程度の悩みに文句は言えない。しょっちゅう鼻をかみ、目をぬぐっているので、津波で消滅した被災地と肉親をさがす被災者を見て、ぼくがうるうると感情の抑制ができなくなっていることは、察知されない。

 一方で、災害とはまったく関係ないことを思い浮かべたりする。あまりにも「死」というものを意識させられるからではないかと思う。震災の死者は、その地に居住していたことも含めて運がなかった。だれにもいつ不運が振りかかるかわからない。運のある、いまのうちに豊かで確実な人生に味わっておこう、という心理である。だから、この2,3日は旅や酒の相手をしてくれる方面に空想が働いてしようがない。



 

 
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