ペン森通信
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メディアの内部に入るということ
 94年大阪、愛知、岐阜と3件4人が連続リンチ殺人された事件で当時18~19歳だった3被告に対する最高裁判決は上告を棄却した。これで名古屋高裁の3人全員死刑の判決が確定することとなった。3被告は現在、全員35歳になっている。死刑確定によって厚生の可能性がなくなったとして、NHK,朝日などの有力メディアのほとんどが匿名から実名に切り替えて報道した。ところが毎日は匿名報道を継続した。

 毎日は大意、次のような見解に基づくと述べている。「残虐極まりない事件だが、事件当時に少年だった被告の名前は少年法の理念を尊重し匿名で報道するという原則を最高裁判決が出たからといって変更すべきではない。少年法は、成熟した判断能力をもたない少年時代に起こした事件に関してその少年の更生(社会復帰)を目的としている。死刑確定後も再審や恩赦が認められて社会復帰する可能性がまったくないとも言えない。少年事件の実名・匿名問題は今後、個別のケースごとに議論を重ねたい」

 これはメディアとしてのひとつの見識である。毎日は報道と人権に関して先駆的な役割を果たしてきた。ぼくが現役の記者だったころ、被疑者は警察に逮捕された時点で呼び捨てにされた。89年毎日がトップを切って「呼び捨て廃止」に転換し、現在の「○○容疑者」と呼称をつけるようになった。この背景には、無実の少年の犯人視報道(89・8月、綾瀬母子殺人事件)やセンショーナル報道や過剰報道への強い批判があったからである。

 この転換の毎日の理由は「推定無罪」であった。言うまでもなく推定無罪は「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」という近代法の基本原則、人権保障である。しかしメディアの犯罪報道がぼくら老OBの現役時代と変わった、という意識はない。相変わらず警察記者クラブで発表に依存するかと思えば、相も変わらず刑事まがいの地まわりや夜討ち朝駆けの早撃ち速報競争に文句言いつつ熱中している。

 大阪地検特法部の供述調書改ざん工作を特ダネで放って新聞協会賞を受賞した朝日記者は、下野新聞から移籍した30代の記者だ。かれは下野新聞にいたころ、警察記者クラブに顔を出さず、潜行して特ダネを書くすごい記者だった、と同じ栃木の警察まわりだった朝日記者から聞いた。ぼくは自分の過去はさておいて、ペン森生の記者志望者に住み込み取材を勧めているが、ぼくのなかでは、住み込みは潜行や長期定点観測と同義である。

 この取材手法を犯罪報道に適用するとすれば、加害者が罪を犯した時代そのものをまな板に乗せることになる。それは本田靖春が、高度経済成長の底辺に吹きたまった暗い人間を描いた『誘拐』のような事実だ。格差社会の下層にへばりつく『苦役列車』の労務者と言ってもいい。犯罪を誘発し、自殺を促す社会そのものになぜなったのかを弾劾するルポを読みたい。取材者はバブルも好景気も享受しなかった若い世代が適任だろう、と思う。
 
まもなくペン森15期生がメディアの内部に入ってゆく。報道という社会的責任のあり方やデスクの旧態依然とした姿勢にすぐにも疑問をもつことになるだろう。報道と人権という基本的な問題にも直面するだろう。まずは、表面の裏側には陰になったままの存在があることを認識してもらいたいね。人間にも表と裏がある。すべての裏を掘り起こすのがジャーナリストの責務である。あ、地震だ。

 

 

 
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