ペン森通信
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なにかに憑かれたよき人生
 政府打倒デモの吹き荒れる中東には行ったことはないが、行こうとしたことはある。社会部記者時代のことだから、これまた老人の昔話で恐縮だが、大型タンカーの一等航海士と親しくなった。甲板の上は、自転車で走り回る、という話を聞いて矢も楯もたまらなくなった。「おれをそのタンカーに乗せてくれないかなあ」とせがむと、2週間あとくらいに「いいですよ」という返事がきて、社会部長もOK。ところが寸前になって、タンカー会社から船員手帳をとれだの保険だのとクレームがついておじゃんになった。

 おそらくタンカー会社のほうが最後にびびったのだろう、と思う。ぼくはその航海のルポを書くつもりであった。単調ではあるだろうけれど、いかにして、どういうところから、どういう船乗りが、どのような期間、どういうルートで、石油のない日本に石油を運んでいるのだろうか。何人の船員でタンカーを動かし、家族はどういう心境で帰国を待っているのだろうか。まだ30代だったぼくは期待するばかりだったが、むなしくも実現はしなかった。だが石油のことを勉強したのはよかった。いまではもう記憶にとどまってないが。

 そのころだったような気がするが、南極の大氷山を海上で引いて、水に苦しむアフリカや中東に供給しようという話もまじめに検討された。たしか氷山は3分の1くらい溶けるがそれでも十分にまかなえるという計算だった。さらに雨の多い屋久島の水をタンカーで中東に運ぼうというプロジェクトもあった。タンカーは日本に腹いっぱい石油を積んでくるが、中東に行くとき、腹はからっぽだ。これにミネラルいっぱいの屋久島の水を積んで行こうではないかという壮大なアイデアだったのだが、いつの間にやら立ち消えた。

 30代と若かったぼくは、海外雄飛の気概に満ちていたのである。しかし、なにひとつかなわなかった。カトマンズからバスで72日間かけてロンドンまで行くという旅も計画して、企画としてだした。企画は半分だけ通り、出発地はカトマンズではなくエジプトに変わっていた。「こんなのおれの企画じゃない。ほかのやつを派遣してくれ」。ぼくは各国若者とまじって自炊もしながら、文明の行き渡らないアジアから文明のヨーロッパにはいっていく行程こそ書きでがあると思って、企画を出したのである。

 国内の東京⇒新潟⇒青森⇒網走のヒッチハイクレースは完走して、このヒッチハイクに参加した若者など、何人かが近づいてきて交流した。アフリカには2人が行ったが、1人はサハラ砂漠でラクダとともに死んだ。これは前に書いた。もう1人は大阪の学生だった。フイルムを託して現地で撮った写真を送るように頼んだら、砂漠で上半身裸になった自分の写真など数葉が届いた。あのころの若者は向こう見ずだった。リビアの海で泳いだ女子もいた。サハラで果てた若者のガールフレンドからは、イタリアに住んでいます、と数年前手紙がきた。

 ぼくも昔は血がたぎっていたようだ。いまは、私的には各駅停車乗り継ぎを楽しむくらいが関の山である。18日~20日と八王子のセミナーハウスでペン森の合宿をしたが、その間2010年開高健賞受賞の『空白の五マイル』(集英社/角幡唯介)を読んだ。チベットのツアンポー峡谷に憑かれた早稲田探検部OB(元朝日記者)の探検ノンフィクションである。憑かれたようになにかに熱中する人生の時期があるというのは、幸福な生き方だと老骨になってしきりに考える。ぼくはペン森の若者に夢中だから、まあ、いい生き方だね。

 
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