ペン森通信
創造は模倣からはじまる
 きょう火曜日発売の週刊朝日に「60代からの新恋愛講座」という特集がある。サブタイトルに「60歳からの愛とセックス」「恋に臆病になってませんか」と振って、迷いの心境にたたずむ初老を刺激する。ここ1,2年、中高年から上の高齢者まで視野にいれたこの種の読み物が週刊誌に登場するようになった。週刊現代が最初に連続して特集を組んだ。週刊現代は定価400円と最も高い総合週刊誌だが、高いにもかかわらず売れ行きを伸ばしたことで、他誌も真似することとなった。

 創造は模倣から始まる、という至言があるくらいだから、企画やレイアウトは真似も許される。良いとこ取りをすればいいのである。性や恋愛に関することは若者の専売特許と勝手に思われ、年寄りは卒業世代だから、買うはずがないと決めつけてきた週刊誌の扱う企画ではなかった。週刊現代の編集長は、鋭い勘の持ち主だった。情報はキャッチボールによって拡がる要素があり、最初にボールを投げた週刊現代は偉かった。アイデアを模倣する企画やレイアウトは、次第に進化と深化に結びつくのでかえって良い面もある。

 いきなりセックス場面ではじまるミステリーがあった。この国内ミステリーのキモは、デルヘルの女とセックスをしている男の年齢だ。本の題名も作者も忘れてしまったが、作者の罠にぼくもはめられた。男は70歳である。セックスは若さに伴うものという一般の思い込みを逆手にとって、作者は読者を騙しとおす。70歳の男はセックスをしないという強く固定的な思い込みである。70歳をすぎたぼくですら騙されたのだから、ましてや大半の読者は当然、種明かしに目をむいたことだろう。

 しかし、このミステリーのキモを真似してはいけない。一回こっきりでだからこそ価値がある。見えすいた二番煎じをやると馬鹿にされる。ところが、メディアの記者は、同じネタを後から使わざるをえない場面に遭遇することがある。他社の特ダネの後追いをしなければならないときだ。これは「抜かれ原稿」というが、ハンター記者にとっては屈辱。記者にはハンター型とライター型とがあって、ハンター型が特ダネを追求するケースが多い。ぼくはライター型だったが、幸い抜かれ原稿は大して書かなかった。

 昔はハンター型とライター型はかなりはっきり区別されていたように思う。この点に関しては丸谷才一の『女ざかり』(文春文庫)に書き分けて描写してある。もっと詳しく、新聞記者の生態を知りたい向きはご一読を。メディア環境が激変したいまとなっては、やや牧歌的な記者生活を楽しんでいたころとを比べるのは、あまり意味がないかもしれないが、記者ものとして読む分にはおもしろい。ついでながら、上中下3巻の新潮文庫になった高村薫『レディー・ジョーカー』はハンター型の記者ものともいえる。

 写経という記者の文章勉強法がある。天声人語をそのまま写しとる。これが写経だ。ぼくはそのやり方には賛成しない。天声人語を写すと、文章の呼吸はおぼろにつかめる可能性もあるが、ハンター型にはなりえない。思考を伴わない、単なる模写で終わってしまう。現場に行って、見て、考える、という精神行為がハンター型もライター型にも通じる。現場に行って、見て、考える、という精神行為の模倣は大いにやるべきだ。これこそ、創造は模倣からはじまる、ということだ。

 

 

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